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富士山

富士山ふじさん)とは、山梨県富士吉田市南都留郡鳴沢村)と静岡県富士宮市富士市御殿場市駿東郡小山町)に跨る活火山であり、標高3776mは日本最高峰である。古文献では不二とも書く。

その優美な風貌は、国内のみならず海外でも日本の象徴として広く知られている。芙蓉峰富嶽などとも呼ばれる。古来より歌枕として著名である。

富士五湖が、富士山山麓周辺にあり、キャンプ場や、観光名所がある。

また、登山道は、富士宮口、須走口、富士吉田(河口湖)口、御殿場口などがある。

その美しさから、世界遺産に登録しようという動きがある。しかし、観光客や登山家の出すゴミなどが大変多く、遠くから見たイメージとは裏腹の一面がある。そのためまだ世界遺産登録の夢は実現されていない。世界のアルピニスト(登山家)の間ではエベレストをマウントフジ(富士山)のようにするな、という言葉が言われるほどである。

かつては山頂に、気象庁の富士山頂測候所が設置され、またレーダーアンテナを置いて観測が行われたが、気象衛星の発達により、まず有人観測が廃止され、またレーダーを使っての無人観測も現在は廃止されている。

地質学上の富士山

富士山は典型的な成層火山(コニーデ)であり、この種の火山特有の美しい稜線を持つ。 現在の富士山の山体の形成は、大きく三段階に分かれる。 • 小御岳 • 古富士 • 新富士 この中で小御岳が最も古く、数十万年前の洪積世にできた火山である。

古富士は8万年前頃から1万5千年前頃まで噴火を続け、噴出した火山灰が降り積もることで、標高3000m弱まで 成長した。山頂は宝永火口の北側1~2kmのところにあったと考えられている。

約1万1千年前、古富士の山頂の西側で噴火が始まり、溶岩を大量に噴出した。この溶岩によって、現在の富士山の山体である新富士が形成された。その後、古富士の山頂と新富士の山頂が東西に並んでいたと見られるが、約2500~2800年前、風化が進んだ古富士の山頂部が大規模な山崩れ(「御殿場岩なだれ」)を起こして崩壊してしまった。

新富士の山頂から溶岩が噴出していたのは、約1万1千年前~約8000年前の3000年間と、約4500年前~約3200年前の1300年間と考えられている。これ以降、山頂部からの噴火は無いが、長尾山や宝永山などの側火山からの噴火が断続的に発生している。

最後に富士山が噴火したのは宝永四年(1707年)の宝永山の噴火で、噴煙は成層圏まで到達し、江戸では約4cmの火山灰が降り積もった。その後も火山性の地震や噴気が観測されており、今後も噴火の可能性が残されている。

東京大学地震学研究所が2004年4月に行ったボーリング調査によって、上述の3つの山体の下に、さらに古い山体があることが判明した。この第4の山体は先小御岳と名付けられた。

記録に見る富士山

万葉集の中には、富士山を読んだ歌がいくつも収められている。

「田子の浦ゆ うちいでてみれば 真白にぞ ふじの高嶺に 雪は降りける」(3.318)は山部赤人による有名な短歌(反歌)である。

噴火の年代が考証できる最も古い記録は、続日本紀に記述されている、天応元年(781年)に富士山より降灰があったくだりである。平安時代初期に成立した『竹取物語』にも、富士山が作品成立の頃、活火山であったことを伺わせる記述がある。

江戸時代に、最も激しい活動を見せたのは宝永四年(1707年)12月16日に発生した大爆発であり、江戸の市街に大量の降灰をもたらした。この記録については、文書、絵図等により多数残されている。
その後も、噴煙や鳴動の記録は多く残されているが、記述から見て短期間かつ小規模な活動で終わったものと推測される。

美術における富士山

江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎は富士山を題材にとった46点の連作版画『富嶽三十六景』(1831年頃)を描いた。制作当初はその名の通り36点で完結するはずであったが、人気を博したため10点が追加された。なかでも富士山の雄大な姿を描いた作品として『凱風快晴』、『山下白雨』がよく知られており、それぞれ俗に、赤富士・黒富士の名で親しまれている。

文学の中の富士山

すでに見たように、富士山は和歌の題材としてよく取り上げられる。また 『竹取物語』では、大勢の武士を昇らせて、かぐや姫が時の帝に贈った不死の薬を、天に一番近い山(富士山)で燃やしたことになっている。それからその山はふじ山(富士山・不死山・不尽山)とよばれるようになった、と命名説話が残っている。

太宰治が昭和14年(1939年)に執筆した小説『富嶽百景』の一節、「富士には月見草がよく似合ふ」はよく知られ、山梨県富士河口湖町の御坂峠にはその碑文が建っている。

直木賞作家、新田次郎は富士山頂測候所に勤務していた経験をもとに、富士山にまつわる作品を執筆している。直木賞受賞作『強力伝』は富士山の強力(ごうりき)の生き様を描いた作品である。その他新田には、『富士に死す』、『怒る富士』、『芙蓉の人』、『富士山頂』といった作品がある。

信仰と伝承

富士山の頂上には、富士山本宮浅間大社があり、富士山の神を祭る。浅間大社の祭神は、記紀神話に登場する女神のコノハナサクヤヒメである。しかし、いつ頃から富士山の神がコノハナサクヤヒメとされるようになったかは明らかではない。

古くは、常陸国風土記に富士山の筑波山の神の逸話が記されている。親神が富士山の神のもとを訪れ、宿を乞うたが、富士山の神は物忌み中だと言う理由で宿泊を拒否した。親神は次に筑波山の神のもとへいき、同様に宿を乞うたところ、今度は親神は歓迎された。そのため、筑波山には人々が集まるようになり、反対に富士山には絶えず雪が積もり人々が来なくなったという。

平安時代文学の『更級日記』には、富士山の神が、朝廷の次の年の除目(人事)を決めると当時の一部の人々には思われていた記録がある。

富士山講

江戸時代になると、富士山の登拜が庶民の間でも広く行なわれるようになった。庶民は富士山への信仰を強くし、特に江戸の各地には富士山を遥拝する富士塚が多く作られた。富士塚は土を盛って作られた人工の小さな山で、富士山がよく見えるところに作られ、山頂には浅間神社が祀られて、富士山に行くことが出来ない人たちでも擬似的に富士山の登拜を体験することができるようにするものである。見える山の多くは「浅間山」(あさまやま)や「朝熊山」(あさまやま)と命名されている事が多い。また、港湾から見える場合も、「浅間神社」の石碑を建て「浅間さん」(せんげんさん)として祭っている地区もある。

こうした富士山信仰の高まりを受け、江戸時代には富士山信仰を基盤とした神仏混交の新宗教が多数登場した。新宗教は江戸で布教を行い講を組織し、しばしば幕府にとっても無視できない規模になったので、幕府は弾圧を行なった。これらの新宗教は明治期の激動を潜り抜け、今でも実行教・丸山教・扶桑教などと脈絡を保ち続いている。現在においても富士山は新たな信仰を生み出す基盤となっており、オウム真理教が富士山のふもとに本部を置いたことも記憶に新しい。

富士がつく地名

富士山が日本を代表する名峰であることから、各地に「富士」の付く地名が多数存在する。よくあるものとして富士が見える場所を富士見と名づけたり、富士山に似ている山に「富士」の名を冠する例がある。海外に移住した日本人たちも、自分たちの住むところの近くの山を地名をつけて「○○富士」と呼ぶこともある。

各地に存在する郷土富士(富士と名の付く山)

少なくとも、314座を超える数の、郷土富士(富士と名の付く山)がある。 ここでは、この一部を紹介する。 • 北海道 • 利尻富士(利尻岳) • 蝦夷富士(羊蹄山) • 本州 • 伯耆富士(大山:鳥取県) • 吾妻富士(東吾妻山:福島県) • 出羽富士(鳥海山:山形県) • 岩手富士(岩手山:岩手県) • 津軽富士(岩木山:青森県) • 九州 • 薩摩富士(開聞岳:鹿児島県)

富士登山

遠方から見上げる富士とは異なる姿がそこにはある。 火山灰と溶岩の荒れ果てた世界である。 また、富士山から下界を眺めた展望は、他では得られない絶景である。

登山者の間では、「富士山に 登らない馬鹿 二度登る馬鹿」という言葉が流布している。 富士登攀は夏季であればそれほど難しくなく、面白みがないといわれる。スポーツとして登山としてみた場合の評価が、後段の言葉となっている。 しかし、富士山に魅せられて、毎年のように登る人もまた多い。

富士山の防災対策

• 火山噴火予知連絡会(気象庁) 富士山のみを限定するものではないが、日本の火山活動についての検討を実施する。状況に応じて見解を発表するが、噴火の日時を特定して発表することはない。
定例会は年3回実施されるが、噴火時には随時開催される。
平成12年10月に富士山の低周波地震が増加した際は、ワーキンググループが設置され、富士山に関する基礎データの収集・整理、監視体制の検討、火山情報発信の方法などが集中的に検討された。 • 富士山ハザードマップ検討委員会(内閣府防災担当) 噴火時の広域避難のために必要なハザードマップの作成が、検討委員会を通じて進められている。 • 富士直轄砂防事業(国土交通省) 大沢崩れを源にして発生する大規模な土石流から、下流の保全対象を守る砂防事業を実施中。

関連項目

日本百名山世界の山一覧郷土富士

外部リンク

Mt.Fuji大図鑑静岡県富士市の富士山なんでもデータバンク。郷土富士も詳しく載っている。 • 富士山ビューシステム 1時間毎に画像を取得するWeb camera。 • 富士山測候所 山頂の気象観測所。山頂の気温や風など。 • 富士山測候所の跡地利用 測候所廃止に対する跡地の有効利用。 • 富士山NET 種々の富士山情報(山梨日日新聞社)。




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