ルノー
ルノー (Renault SA) は、フランスの自動車製造者であり、1898年にルイ・ルノー(Louis Renault) によって設立された。今日では、プジョー・シトロエン・グループ (PSA Peugeot Citroën) と並び、フランスの二大自動車製造会社の一角を占める。小型から中型の乗用車や商用車で知られ、ヨーロッパ第一位の販売台数を誇る。主に中小の乗用車や商用車を手掛けるが、トラックや軍用車両もまた生産している。 また、日本の日産や、韓国の三星、スウェーデンのボルボのトラック部門などの株式を保有する。
歴史
ルイ・ルノーが1898年、ド・ディオン・ブートン車の改造によって現在のプロペラシャフト式フロントエンジン・リアドライブ方式(FR)の原型である「ダイレクト・ドライブ・システム」を発明した。同年にこの機構を搭載した自動車「Voiturette」を発売し、商業的成功を収める。そして1900年代初頭における黎明期の公道レースでは、ルノー兄弟が自ら運転する大排気量の競技用車で多くの勝利を勝ち取っている。
一時はフランスで最大の自動車製造会社となったが、後発のシトロエン等の追い上げを受け、また、老年に達したルイ・ルノーが保守的な設計思想に傾いたことから1930年代にはその地位はやや後退した。 第二次世界大戦により、ナチス・ドイツがフランスを占領すると、ルイ・ルノーは工場を守るためやむなくドイツ占領軍に協力したが、この結果、1944年の連合軍による開放後、彼は対独協力者として逮捕され、同年に獄中で病死した。
ルノー社は、1945年に国営化され、ルノー公団(Regie Nationale des Usines Renault) となった。1947年には750cc級の小型乗用車4CVを発売、このモデルは戦後のベストセラーカーとなった。以後、ルノーは特に小型車の分野において優れた実績を上げ、日本でも日野自動車でライセンス生産された。 同社は1990年に株式会社となり、1996年には完全民営化された。1999年から日産自動車と相互に資本提携している。
F1での歴史
F1では1977年から1985年まで、子会社のルノー・スポール(Renault Sport)を通してコンストラクターとして参戦し、F1に当時不利とされていたターボ・エンジンを持ち込んだ。参戦当初、エンジントラブルのため煙を吹くことが多かったため、「イエロー・ティー・ポット」と揶揄されることもあった。次第に戦闘力を持ち始めるが、ターボ全盛期となると後から参戦したBMW、TAGポルシェ、ホンダの後塵を拝するようになり、タイトルを獲得できないまま撤退した。1989年、ウイリアムズ・チームへのエンジン供給という形でF1復帰、ニューマチック・バルブを導入するなどして1992年に念願のダブルタイトルを獲得。それ以降数々のタイトルを獲得するが1997年をもってワークス・チームとしての参戦を終えた。
ルノー・スポールは、2000年代に入って以降、ベネトン・チームを買収しエンジン供給を経て2002年、「ルノーF1」としてフル・コンストラクターとして復帰しており、今日ではフェラーリ、ウイリアムズ、マクラーレン、に次ぐ第4のチームとなりつつある。