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マカオ

マカオ澳門、アオメン、Macau or Macao。名称を参照)、正式名称中華人民共和国澳門特別行政区(ちゅうかじんみんきょうわこくアオメン/マカオとくべつぎょうせいく)は、中国の本土南海岸から突き出たマカオ半島と沖合いのふたつのからなる都市、特別行政区。香港から南西70km、広州から南西145km離れている。

マカオは、中国のヨーロッパ植民地の中ではもっとも古く、16世紀にまで遡る。1999年ポルトガル政府は中華人民共和国に主権を移譲し、現在中華人民共和国の特別行政区の一つとなっている。マカオ人の母語広東語である。

植民地時代の遺構もあるが、マカオでもっとも大きな集客力を有するのはカジノである。マカオで合法とされているギャンブルは数多いが、もっとも人気があるのは、Chinese Dominoを用いた牌九である。香港の遊客が日帰りで澳門を訪れることもよくある。香港とマカオの間を運行している水中翼船は、毎日24時間利用可能である。

中華人民共和國澳門特別行政區
Região Administrativa Especial de
Macau da República Popular da China

(詳細) (最大)
国のモットー:なし
公用語 中国語ポルトガル語
行政長官 エドモンド・ホー
面積
 - 総面積
 - 水域
(ランク外)
25.4 km²
0%
人口
 - 総計 (2002年)
 - 人口密度
(ランク外)
461,833人
18,182人/km²
設立
 - 年月日
ポルトガルから中華人民共和国に移譲
1999年12月20日
通貨 パタカ(MOP)
標準時 UTC+8 (AWST)
TLD.MO
国番号853

名称

マカオ広東語 : 馬交 (Magau))という名称は、この地にある道教、媽閣廟(Magok Miu)に由来すると考えられている。この媽閣廟は、1448年に媽祖に捧げるために建設されたもので、現存している。中国語でより一般的な名称である「澳門」(北京語:アオメン、広東語:オウムン)は、「澳」が「水が奥深く入り込んだ湾や入り江」のことで、「湾の入り口」という意味である。この「門」というのは、門のようにそびえ立つ南台山と北台山を指している。マカオには、壕鏡澳、香山澳あるいは蓮島という名称もある。「馬交」は「Macau」の広東語音訳である。

Macau というのがポルトガル語での正式な綴りであり、英語では Macao という綴りが用いられることもある。

歴史

マカオの歴史を参照

マカオは、1557年にポルトガルがから居留権を得、中国における唯一のヨーロッパ人居留地となった。ただマカオの所有権は中国にあり、中国がマカオに海関を設置するなど主権を有していた。マカオは日本が鎖国するまでは長崎との貿易で繁栄を極めた。しかし、その後は明清交替期の動乱や広東(広州)の対外開放により貿易港としてのマカオは次第に衰えていった。

アヘン戦争の結果イギリスが香港島を獲得すると、ポルトガルも1845年マカオ自由港の成立を宣言して、中国の海関を追い出し1887年には完全にポルトガル領となった。しかし香港の繁栄によりマカオの貿易港としての地位は全く凋落してしまった。

第二次世界大戦中ポルトガルは中立を宣言していたため、日本軍はマカオを占領せず、中立港として機能したが、中国本土から大量の難民が流れ込んだ。

左派による1974年の軍事クーデターの後、ポルトガル政府は民主化され、全ての海外領土を解放することになった。1976年リスボンの政府はマカオを特別領として再編成し、行政上及び経済上の独立を多くの点で認めた。イギリスの例にならって協定が結ばれ、中華人民共和国は1999年にマカオを特別行政区にすることになった。

政治

マカオの政治を参照

行政長官は、各公司が指名した委員からなる選挙委員会が選んだ者を中華人民共和国の中央政府が任命する。行政長官は、7~11人からなる行政会と呼ばれる内閣を組織する(誤訳の可能性)。住民の指導者でもあり銀行家でもあったエドモンド・ホーが、1999年12月20日に、 Rocha Viera 総督に代わって、中国からマカオ特別行政区の初代行政長官に任命された。

マカオの立法機関は立法会であり、直接選挙で選ばれた8人の議員と、職能集団を代表する8人の任命議員と、行政長官が指名する7人の議員で成り立っている。立法会は、あらゆる分野での法規定立の責任を負っている。マカオ市、タイパ島及びコロアン島は、それぞれ地方議会を有する。

法制度は、概ねポルトガル法に基づいている。マカオには独自の司法制度があり、終審法院(CFA)と呼ばれる上級裁判所も有している。裁判官を選出する委員会が置かれており、行政長官が裁判官を指名する。

下部地域

マカオには、2つの行政上の下部地域がある。 • 北區:マカオ半島 • 離島區:タイパ島、コロアン島

地理

マカオの地理も参照。

マカオは、半島部とタイパ島及びコロアン島からなる。

半島部は、東には珠江(真珠の川)があり、西には西江(西の川)があり、中国本土の珠海経済特区と隣接している。

大規模な埋立が行われたため、マカオの地形は概ね平坦であるが、多数ある険しい丘が、元の地形の名残をとどめている。マカオ半島は元々島だったが、徐々に砂州が伸びてゆき、狭い地峡になった。17世紀に埋立が行われた結果、マカオは半島になった。

マカオは密集した都市であり、耕地、牧場、森や林はない。このために、マカオの人々は、伝統的に海に目を向けて生計を立ててきた。

経済

マカオの経済も参照。

マカオの経済は、賭博を含む観光産業と、織物や花火の生産に大きく依存しているが、多角化に努めた結果、小規模ながら玩具や造花、電子機器の製造業も始まった。衣類が輸出金額のおよそ4分の3を占めており、GDPの40%以上は賭博に依拠すると推測されている。2000年には800万人を越える観光客がマカオを訪れた。近年では、本土の中国人が賭博と観光の成長を押し上げる主な要因になっているが、香港からの観光客が現在でも最も多い。最近では、経済の暗黒面である暴力団の抗争により、観光部門の収益が幾分減少している。

人口統計

マカオの人口統計も参照

マカオを1つの「属領」とみれば、マカオは世界でもっとも人口密度が高い国・属領である。

マカオの人口は95%が中国人であり、最も多いのが広東人で、客家もおり、いずれも近隣の広東省から来ている。残りはポルトガル人や中国人とポルトガル人の混血を祖先とする人々である。公用語はポルトガル語と標準中国語であるが、居住者は一般に広東語を話す。観光地では英語も通じる。

文化

マカオの文化も参照

関連リンク

中華人民共和国の行政区分 • 歴代マカオ総督一覧 • マカオの歴史

外部リンク

マカオ散策ガイド~マカオ観光局~外務省ホームページ(日本語)-地域インデックス(マカオ)-




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