This article at Wikipedia

ケルン

ケルンKöln)は、ドイツ連邦共和国ノルトライン=ヴェストファーレン州の都市。ローマ帝国によってローマ植民市として建設されたライン川中流の古市であり、ケルンの名はラテン語で植民市を意味する Colonia から由来する。ケルン大司教選帝候のひとりであり、ケルンは古代から現代に渡って交易と地域政治の中心として栄えてきた。

地勢

歴史

古代

ゲルマニア州の宿営地だったケルンはローマ植民地と定められ、皇帝の母の名前にちなみ、コローニア・アグリッピネンシスの名を得た。アウグスタと呼ばれたトリーアに次ぎ、ローマ帝国のゲルマニア支配の拠点として重要な地位を占めたケルンには、多くのローマ遺跡が見られる。またローマからはキリスト教も早くから伝播し、ためにケルンには大司教座が置かれることとなる。

中世

大司教座の置かれたケルン一帯は、ケルン大司教に帰属する宗教領邦となった。大司教座附属学校がおかれたケルンは、政治のみならず文化の中心となる。特にドミニコ会がおいたケルン大司教管区の神学大学ではアルベルトゥス・マグヌスマイスター・エックハルトなど中世の重要な思想家が講義した。マイスター・エックハルトによってケルンはドイツ神秘主義思想の発展に大きくかかわることとなる。

近世

三十年戦争後、一時期衰微をみたケルンであったが、その後次第に復興し、19世紀にはケルン大聖堂の増築と完成を見るに到る。ケルン大聖堂の完成の大きな要因はゲーテにより招来されたゴシック様式の見直し、いわゆるゴシック・リヴァイヴァルである。 しかしこの動きは必ずしも宗教的権力の強化を意味しない。フランス革命後の世俗化傾向は、選帝候制度の廃止のみならず、宗教領邦としてのケルン大司教座領の廃止に帰着する。 以後ケルンは、ライン川流域の一世俗都市として、商業の中心地として繁栄していく。

近代

現代

関連項目

ケルン大司教ケルン大聖堂ケルシュ



This article is from Wikipedia, the Free Encyclopedia. All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.


社会 • 社会政治経済産業交通教育歴史福祉医療環境環境問題市民活動平和軍事 • 芸術と文化 • 芸術文化言語宗教遊び趣味伝統芸能文学音楽美術演劇映画アニメ漫画建築スポーツゲームギャンブル食文化ファッションマスメディア出版新聞放送テレビラジオ • 世界 • 世界アジアアフリカオセアニア北アメリカ南アメリカヨーロッパ • 日本 • 日本北海道東北関東中部近畿中国四国九州沖縄 • 学問 • 学問文学哲学倫理学心理学社会学法学経済学数学物理学化学生物学地球科学医学工学 • 自然 • 自然宇宙元素気象災害海洋生物植物動物鉱物 • 技術 • 技術コンピュータネットワークエレクトロニクスバイオテクノロジー • 資料 • 索引年表365日地図世界各国関係記事人名一覧一覧の一覧