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ビタミン

ビタミン(Vitamin)は、生物の生存・生育に必要な栄養素のうち、炭水化物タンパク質脂質、無機質以外の栄養素であり、微量ではあるが生理作用を円滑に行うために必須な有機化合物の総称である。ほとんどの場合、生体内で合成することができないので、主に食料植物微生物肝臓など)から摂取される。ビタミンが不足すると、疾病が起こったり成長に障害が出たりする(→ビタミンの欠乏症)。ビタミンの所要量が定められており、欠乏症をおこさない必要量と、尿中排泄量の飽和値によって見積もられている。成人の場合、1日あたりの必要摂取量は mg ~ μg のオーダーである。

最初に発見されたビタミン

最初に抽出、発見されたビタミンは、1910年、鈴木梅太郎により抗脚気因子オリザニンと名付けられた。しかし、認められずに、翌年、ポーランド人であるカシミール・フンク (Casimir Funk) によって、Vital Amine→Vitamine(生命活動に必須のアミン)と名付けられた。ビタミンB1(チアミン)である。
詳細は後述(→ビタミン発見の歴史)。

進化論におけるビタミンの取捨選択

生物は生存・生育のため様々な化合物を必要とする。進化の過程で、これらの化合物のうち、不足すると致命的なものは体内で生成できるようになった。ところが、数週間~数ヶ月程度なら不足しても比較的問題ない化合物や容易に食料から摂取できる化合物は、それを摂取できずに病気や死に至る危険性よりも、体内で生成する器官を備えるコストの方が大きいため、次第に食料のみから摂取するようになり、それがビタミンになったと考えられている。

ビタミンの機能(役目)

ビタミンの多くは生体内では酵素がその活性を発揮するために必要な補酵素として機能するため、その欠乏症はそれを補酵素として利用する酵素が関与する代謝系の機能不全として現れてくる。

ビタミンの分類

ビタミンはその化学的性質から水溶性ビタミン脂溶性ビタミンに分類される。

人間に必要なビタミン

ビタミンA (アクセルフロール、βカロチンなどのカロチノイドの一部) • ビタミンB 複合体 • ビタミンB1チアミン) • ビタミンB2リボフラビン) • ビタミンB6(ピリドキシン、ピリドキサール、ピキドキサミン) • ビタミンB12シアノコバラミン) • ナイアシン • ビタミンM(葉酸) • ビタミンH(ビオチン) • パントテン酸ビタミンCアスコルビン酸) • ビタミンD(エルゴカルシフェロール、コレカルシフェロール) • ビタミンE(トコフェロール、トコトリエノール) • ビタミンK(フィロキノン、メナキノンの2つのナフトキノン誘導体) • ビタミンF(リノール酸などの必須脂肪酸) • ビタミンQ(ユビキノン

ビタミン発見の歴史

ビタミンは通常の食事を取っていれば必要量が摂取できる。 単調な食事に縛られた時、ビタミン不足による障害が発生するが、長い間それは単なる栄養不足とか病気と見られていた。

ビタミン発見の発端は、国を守るべき軍隊が、今ではビタミン不足による障害と知られている壊血病や脚気に集団でかかり、当時の軍医らがこれらの病気の撲滅を狙って研究したことから始まる。

1734年、J・G・H・クラマーは壊血病にかかるのはほとんど下級の兵卒であり、士官らはかからないことに気づいた。士官らは頻繁に果物野菜を食べており、下級の兵卒らは単調な食事であることから、壊血病を防ぐために果物や野菜を取ることを勧めた。 また、ジェームズ・リンドは 1747年、イギリス海軍で壊血病患者を幾つかのグループに分け異なる食事を与える実験を行った。 その結果、オレンジレモン柑橘系果物が壊血病に有効であることを発見した。 しかしこれらの発見は黙殺され、結局壊血病は 1797年にイギリス海軍において反乱が起き、その要求の一つにレモンジュースが入り、それが受け入れられるまでイギリス海軍を悩ませた (但し、イギリス海軍本部は安価なライムを代用した)。

日本でも日本海軍の水兵に脚気が蔓延し悩まされた。 軍医大監だった高木兼寛は、士官は脚気に犯されず、かつ単調な食事をしてないことに気づいた。そこで 1884年白米大麦を加え、肉やエバミルクを加えるなど食事の中身を若干イギリス風にした。これにより脚気自体は無くなった。しかし、高木はビタミンの存在に気づかず、単にタンパク質が増えたためと考えた。

ビタミンの存在に気づいたのは、クリスチアーン・エイクマンで、彼は 1896年滞在先のインドネシアで米ヌカの中に脚気に効く有効成分があると考えた。 1911年カジミール・フンクがこの有効成分を抽出することに成功した。 1912年、彼は自分が抽出した成分の中にアミンの性質があったため、「生命のアミン」と言う意味で「Vitamine」と名付けた。 ところでフンクの発表より 1 年前の 1910年、日本でも鈴木梅太郎が同成分の抽出に成功しオリザニンと命名したが、日本語で発表したため広まらなかった。

1913年エルマー・ヴァーナー・マッカラムは、バターまたは卵黄の脂肪の中にネズミの成長に不可欠な成分があることを発見し、翌年 (1914年) その成分の抽出に成功した。 マッカラムの抽出した成分は、フンクが抽出した成分と明らかに異なるため、前者を「油溶性 A」、後者を「水溶性 B」と名付けた。

1920年ジャック・セシル・ドラモンドが柑橘系果物の中の壊血病を予防する成分の抽出に成功した。 明らかにアミンの性質を含んでなかったが、「生存に不可欠な微量成分」=「ビタミン」の名称は、既に日常的に使用されていたため、発音はそのままで若干スペルを変更し (Vitamin)、「油溶性 A」を「ビタミン A」、「水溶性 B」を「ビタミン B」、壊血病を予防する成分を「ビタミン C」と命名した。

その後、生命に必要な成分は幾つか見つかり、その都度、正式な化学構造が判明し適当な名前を付けるまでの仮称として、D, E, F... と順に名付けられた(ビタミン K を除く)。 また、ビタミン B に関しては、非常に似た性質を持つグループがあることが分かり、ビタミン B 複合体として、B1, B2, B3... と順に名付けられた。

さらにその後、ビタミン F など、幾つかのビタミンは間違いであることや、ビタミン H など、B 複合体であることが判明し消滅した。 その後、各ビタミンの構造が明らかになり、適当な名称が付けられたが、ビタミン B12 (シアノコバラミン)やビタミン C(アスコルビン酸)など、ビタミンの方が知名度が高いものもある。 また、化学構造の解読が早かったり、解読の結果 B 複合体に属することが明らかになった結果、仮称(「ビタミン~」)の無いビタミンも存在する(葉酸、ナイアシン等)。

ビタミン所要量の今後の課題

日本栄養・食糧学会の食事基準摂取委員会、各分科会の座長から第六次改定所要量について、以下のような提言が出され、今後の検討課題になっている。

• ビタミンAの許容上限摂取量は低すぎではないか。 • ビタミンDの成人の所要量は日本では2.5μgであり、アメリカでは5.0μgで骨粗しょう症予防を目的としている。日本の所要量は少なくないか。 • 葉酸は日本の所要量は200μg、アメリカは400μg。動脈硬化の危険因子であるホモシステインの血中濃度を抑えるには200μgでは少ないという批判がある。 • 日本では、成人のビタミンC所要量は100mgである。アメリカでは成人男性で90mg。女性では75mgとなっているが、許容上限摂取量を2000mgとしている。

出典:ビタミン広報センターニュースレター

関連項目

栄養学 - 栄養素




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