千島列島
千島列島(ちしまれっとう)は、北海道の東、根室海峡からカムチャツカ半島の南、千島海峡までの間に連なる列島。 ロシア読みではクリル列島という。 国後島、択捉島、得撫島(ウルップ島)、占守島(シュムシュ島)などの島々からなる。 ウルップ島以北を北千島、択捉島以南を南千島あるいは北方四島(北方領土)という。 北千島 占守島(シュムシュ島) 阿頼度島(アライド島) 幌筵島(パラムシル島) 志林規島 磨勘留島(マカンルシ島) 温禰古丹島(オネコタン島) 春牟古丹島(ハリムコタン島) 越渇磨島(エカルマ島) 知林古丹島 捨子古丹島(シャスコタン島) 雷公計島(ライコケ島) 松輪島(マトゥア島) スレドネワ島 羅処和島(ラスシュア島) 宇志知島(ウシシル島) 計吐夷島(ケトイ島) 新知島(シムシル島) 武魯頓島(ブロトン島) 智理保以島(チェルポイ島) ブラット・チェルポエフ島 得撫島(ウルップ島) 南千島 択捉島 国後島 色丹島 歯舞諸島 海馬島 多楽島 志発島 勇留島 秋勇留島 水晶島 貝殻島
国家領有以前にはアイヌ民族が先住していた。彼らは主に南千島、ウルップ島、北部のシュムシュ島、パラムシル島などで暮らしていた。1854年の日露和親条約で南千島が日本領として確定する。1875年の樺太・千島交換条約で樺太と北千島とを交換し、全千島列島が日本領となる。
日本政府は国策として、千島アイヌ全員を色丹島に強制移住させた。慣れない生活と風土にアイヌは次々に倒れ、戦前に全滅した。
太平洋戦争末期、ソビエト連邦のスターリンは、戦後に樺太・千島を領有することにアメリカ合衆国の承諾を受けた。
1945年8月23日、ソ連が千島列島に侵攻をはじめ、9月5日までに全島を占領した。日本はサンフランシスコ講和条約で千島を放棄する。ただし、日本政府は、サンフランシスコ講和条約で放棄した千島に南千島は含まれないとして、北方四島の返還を求めている。また、ソ連はサンフランシスコ講和条約に参加していなかったことから、北千島は帰属が未定であるとの立場を取っている。
しかし実質的に全千島列島がソ連およびそれを継承したロシアの支配下にある。