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シベリア

シベリアは旧ソビエト連邦共和国、現ロシア連邦領内ウラル山脈以東の北アジアに広がるロシア領北アジアおよび東アジアのの呼称。ロシア政府下での自治領・自治共和国は存在するが、独立国家は存在しない。

主な都市としてクラスノヤルスク、イルクーツク、ハバロフスク、ウラジオストックがある。

シベリアの行政区

シベリア連邦管区極東連邦管区に分かれる。

シベリアの地理・自然

緯度が高く、気温が非常に低い。オイミヤコンでは-73度という人間が居住可能な場所における最低気温を記録している。一年の大半が氷に覆われた土地や、タイガと呼ばれる針葉樹を中心とした森林帯が広がり、特に緯度の高い地域はツンドラと呼ばれる永久凍土に覆われる。鉱物資源も非常に豊富で、資源の宝庫とされる。しかし近年、開発の行き過ぎによる環境破壊が問題になっている。

シベリアには絶滅の恐れのあるトラ、シベリアタイガーを含め、多くの野生生物が生息している。

シベリアの歴史

(どなたか、人類がベーリング海を渡ったこと、シベリア先住民族の歴史、渤海など沿海州の国家やモンゴル系遊牧民国家に詳しい方がいらっしゃいましたら是非お書きください)

最初にシベリアに西方から侵入したのは正規ロシア軍ではなく、ストロガノフという商人の私兵であり、すでに枯渇していたウラル以西の毛皮資源に替わる、豊富な毛皮資源を求めたためであった。そしてシベリア中央で半遊牧国家を形成していたシビル=ハン国が1572年に毛皮の朝貢を拒否したことでロシアのシベリア侵攻は決定的となった。この時のロシア人私兵はコサックと呼ばれ、これらを率いたコサックの首長イェルマークによりシベリア征服が進められた。イェルマークは1578年10月に東進を開始し、シビル=ハン国を攻撃、イェルマーク自身は途中戦死するものの、ついに1598年シビル=ハン国は滅亡する。その後ロシア人は東進を続け1636年にはオホーツク海へ至り、シベリア全土を征服した。これ以後この地はロシア人の植民地となる。

その結果、領土が近接することとなったとはたびたび武力衝突し、ロシア帝国はコサック兵ではなく正規ロシア兵を送りアルバジン、ネルチンスクの両要塞を建設するが、清の康煕帝は対抗して1685年に武力をもってアルバジンを破壊し、事態を重く見たロシア帝国は1689年(康煕28年)に清とネルチンスク条約を締結し国境線を制定することになる。このネルチンスク条約による国境線がほぼ現在のシベリアと重なっている。

1917年に起きたロシア革命後、反ボルシェビキ勢力よってシベリアは独立し、ロシア極東共和国が誕生するが、ボルシェビキが次第に勢力を増し、1922年には極東ソヴィエト共和国に移行し、同年にソビエト連邦に併合される。

なお、ロシア革命後の1918年から1922年にかけ、日本はアメリカイギリスなどと共にシベリアに兵士を送っている。いわゆるシベリア出兵である。また、第二次世界大戦のソビエト参戦後、ソ連軍に捕らえられた日本兵がシベリアに抑留されている。(シベリア抑留

20世紀に至りアフリカ・アジア諸国の植民地は次々と独立したが、シベリアの先住民族や植民者による独立国家は建設されず、ソビエト崩壊の際もロシア連邦内にとどまった。

関連項目

アジア • オビ川 • レナ川 • バイカル湖 • シベリア鉄道


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