エチオピア
エチオピア連邦民主共和国(エチオピアれんぽうみんしゅきょうわこく)、通称エチオピアは、東アフリカの国。ジブチ、エリトリア、スーダン、ケニア、ソマリアに囲まれた内陸国。アフリカ最古の独立国として有名。
| |||||
| 国の標語 : なし | |||||
| 公用語 | アムハラ語 | ||||
| 首都 | アディスアベバ | ||||
| 大統領 | ギルマ・ウォルドギオルギス | ||||
| 首相 | メレス・ゼナウィ | ||||
| 面積 - 総計 - 水面積率 | 世界第26位 1,127,127;km² 0.7% | ||||
| 人口 - 総計(2004年) - 人口密度 | 世界第18位 67,851,281人 60人/km² | ||||
| GDP (PPP) - 合計(2003年) - 1人当たり | 世界第68位 484億7,000万ドル 700ドル | ||||
| 建国 | 紀元前10世紀ごろ | ||||
| 通貨 | ブル (ETB) | ||||
| 時間帯 | UTC +3 | ||||
| 国歌 | エチオピア国歌 | ||||
| ccTLD | .ET | ||||
| 国際電話番号 | 251 | ||||
国名
正式名称はアムハラ語で、የኢትዮጵያ ፈደራላዊ ዲሞክራሲያዊ ሪፐብሊክ(ラテン文字転写は、Ityop'iya Federalawi Demokrasiyawi Ripeblik)。通称は、የኢትዮጵያ (Ityop'iya)。
公式の英語表記は、Federal Democratic Republic of Ethiopia(フェダラル・デモクラティック・レパブリック・オブ・エチオピア)。通称、Ethiopia。略称、FDRE。
日本語の表記は、エチオピア連邦民主共和国。通称、エチオピア。他にエティオピアとも表記される。
旧称、アビシニア (Abyssinia)、エチオピア帝国 (Empire of Ethiopia)、イタリア領東アフリカ (Italian East Africa) 、エチオピア人民民主共和国 (People's Democratic Republic of Ethiopia) 。カッコ内は英語。
歴史
ヨーロッパ列強のアフリカ分割を乗り切り独立を保った古くからの独立国。近代エチオピアは19世紀半ばのテオドロス2世の頃に始まったとされる。メネリク2世の19世紀末に2度イタリアの侵略を受けたが、これを退けた。1936年から1941年は、イタリアの植民地。1952年にエリトリアと連邦をくんだが、1962年にはこれを併合。
1973年東部のオガデン地方のソマリ人の反政府闘争、および干ばつによる10万人餓死という惨状、オイルショックによる物価高騰が引き金となり、アディスアベバのデモ騒乱から陸軍の反乱が起こり、最後の皇帝であるハイレ・セラシエは1974年9月軍部によって逮捕・廃位させられた(1975年帝政廃止)。軍部は臨時軍事評議会 (PMAC) を設置、12月に社会主義国家を宣言。1977年2月ににメンギスツ・ハイレ・マリアムがPMAC議長就任。恐怖独裁政治や粛正により数10万人が殺害されたとされる。1987年の国民投票でPMACを廃止、メンギスツは大統領に就任し、エチオピア人民民主共和国を樹立、エチオピア勤労人民党(のちエチオピア労働者党)による一党独裁制を敷いた。
エリトリア、ティグレ、オガデンの各地方での反政府勢力との戦闘の結果、メンギスツ大統領は1991年5月にジンバブエへ亡命。ティグレ人中心のエチオピア人民革命民主戦線 (EPRDF) のメレス書記長が暫定大統領、次いで1995年8月には新憲法が制定されネガソ情報相が正式大統領、メレスは事実上の最高指導者である首相に就任、国名をエチオピア連邦民主共和国と改称した。
1998年5月12日、エリトリアと国境付近のバドメ地区の領有権をめぐり戦争に発展。2000年5月、エリトリア軍が撤退を表明。メレス首相は6月、アフリカ統一機構 (OAU) の停戦提案を受け入れた。7月、国連の安保理はPKOである国連エチオピア・エリトリア派遣団 (UNMEE) 設置を決定。
2000年5月の総選挙で与党EPRDFが圧勝。10月10日にはメレス首相再選。2001年2月、エリトリアとの国境に臨時緩衝地帯を設置することで合意。10月8日、ネガソ大統領の任期満了を受け、ギルマ・ウォルドギオルギス人民代表議会(下院)議員が新大統領に。
政治
政治体制は、連邦共和制。国家元首の大統領の権限は、形式的儀礼的なものに限られる。任期は6年で、下院により選出される。現大統領は、ギルマ・ウォルデギオルギス・ルチャ(ギルマが姓)で、2001年10月8日に就任した。
行政府の長である首相は、下院議員の総選挙後に開かれる議会において、下院議員の中から選出される。内閣の閣僚は、首相が選任し、下院が承認する。現首相は、エチオピア人民革命民主戦線書記長メレス・ゼナウィ(メレスが姓)で、1995年8月22日に就任した。任期は5年だが、議院内閣制のため、任期途中で失職する場合もある。
議会は、二院制。上院(連邦院)は108議席で、議員は各州議会によって選出される。下院(人民代表院)は548議席で、議員は小選挙区制選挙で選出される。議員の任期は、上下院とも5年。
連立与党は、エチオピア人民革命民主戦線 (EPRDF)、オロモ人民民主機構 (OPDO)、アムハラ民族民主運動 (ANDM)、ティグレ人民解放戦線 (TRLF)で構成される。その他の主要政党は、南エチオピア人民民主連合、オロモ国民会議など。反政府勢力として統一オロモ解放戦線(UOLF、オロモ解放戦線など4組織で構成)がある。
州
多民族国家のエチオピアは、民族ごとに構成される9つの州と2つの自治区からなる連邦制をとっている。
州 アファール州 アムハラ州 オロミヤ州 ガンベラ州 ソマリ州 ティグライ州 南部諸民族州 ハラリ州 ベン・シャングル州
自治区 アディスアベバ ディレダワ
地理
国土の大部分がエチオピア高原を中心とする高地で、年平均気温は13度と冷涼。国土の中央にある首都アディスアベバの標高は2,400m。北部は水系が多い。ソマリアとの国境に近い東部、オガデン地方は砂漠地帯。
経済
1980年代の飢餓以来、一時食糧自給を達成した時期を除き厳しい経済状態が続く。現在では成長率約8%(2001年)を記録するなど好転しているが、依然として世界最貧国の1つ。主要産業である農業は機械化が進まず生産性が低い。エリトリア独立に伴い内陸国となったため、隣国ジブチのジブチ港およびジブチ鉄道を有料で利用。
主要産業 : 農業(コーヒー、穀類)、畜産業、アディスアベバで若干の工業(繊維、食品加工など)
国内総生産 : 64億米ドル(一人当たり100USドル、2001年)
国民
民族 : オロモ人40%、アムハラ人33~35%、ティグレ人7%、ソマリ人4%など。
言語 : 連邦の公用語は、アムハラ語。それとは別に各州は州の公用語を定めることが憲法で認められている。知識層には英語が通じる事も多いが、国民の大多数には通じない。他にオロモ語、ティグレ語、ソマリ語。独自文章語としてゲエズ語も存在。
宗教 : キリスト教のコプト派(エチオピア正教会)が50%、イスラーム30%、他に、アニミズム、カトリック、プロテスタント、ユダヤ教など。資料によっては、ムスリムの方が、エチオピア正教会の信徒よりも多いとするものもある。連邦憲法11条は、政教分離を定め、国教を禁じている。
文化
エチオピアは、西暦とは異なるエチオピア歴を使用している。エチオピアの1月1日は、西暦の9月11日。下の祝祭日表の年月日は西暦である。
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月7日 | 正教会のクリスマス | ||
| 1月19日 | 主顕節 | Timket | |
| 2月2日 | Eid-ul-Adha | ||
| 3月2日 | アドワの戦い記念日 | ||
| 4月12日 | 正教会のイースター・マンデー | ||
| 4月25日 | コプト教会の聖金曜日 | ||
| 5月2日 | Mulud | ||
| 5月5日 | 愛国の日 | ||
| 5月28日 | 軍政終結記念日 | ||
| 9月11日 | エチオピアの元日 | ||
| 9月27日 | |||
| 11月14日 | ラマダンの終わり | Eid-al-Fitr |
軍事
陸軍25万人、空軍2,500人。2002年の国防予算は総予算の中で非常に高率を占める4億8,100万米ドルで、国家予算を著しく圧迫。
関連項目
エチオピア関係記事の一覧
外部リンク
公式
エチオピア在日大使館 (日本語、英語)
その他
日本外務省 エチオピアの情報 社団法人 日本エチオピア協会 (日本語、英語)
| 世界の国々 > アフリカ | |
| 北アフリカ: | アルジェリア | エジプト | チュニジア | 西サハラ | モロッコ | リビア |
| 西アフリカ: | ガーナ | カーボベルデ | ガンビア | ギニア | ギニアビサウ | コートジボワール | シエラレオネ | セネガル | トーゴ | ナイジェリア | ニジェール | ブルキナファソ | ベナン | マリ | モーリタニア | リベリア |
| 東アフリカ: | ウガンダ | エチオピア | エリトリア | ケニア | コモロ | ジブチ | スーダン | セーシェル | ソマリア | マダガスカル | モーリシャス |
| 中部アフリカ: | ガボン | カメルーン | コンゴ共和国 | コンゴ民主共和国 | サントメ・プリンシペ | 赤道ギニア | チャド | 中央アフリカ | ブルンジ | ルワンダ |
| 南部アフリカ: | アンゴラ | ザンビア | ジンバブエ | スワジランド | タンザニア | ナミビア | ボツワナ | マラウイ | 南アフリカ | モザンビーク | レソト |
このページはウィキプロジェクト 国のテンプレートを使用しています。
この記事はスタブ(書きかけ)です。この記事を加筆して下さる協力者を求めています。