This article at Wikipedia

モンゴル国

モンゴル国(モンゴルこく)は、中国の北、ロシアの南に位置する、内陸アジアの。首都はウランバートル

モンゴル民族の居住地域であるモンゴル高原のうち、漢族から外モンゴルと呼ばれる一帯にほぼ該当する領域を国土とする。モンゴル高原の中国領側にもモンゴル系の人々が住む地域があり、内モンゴル自治区となっている。

モンゴル国
Монгол Улс

(詳細) (拡大)
国の標語 : Xxxxx
公用語 モンゴル語
首都 ウランバートル
首都の座標 北緯 47度55分
東経 106度53分
大統領 ナツァギーン・バガバンディ
首相 ナンバリン・エンフバヤル
面積
 - 総計
 - 水面積率
世界第18位
1,565,000;km²
0.6%
人口
 - 総計(2004年
 - 人口密度
世界第135位
2,751,314
2人/km²
GDP (PPP)
 - 合計(2003年
 - 1人当たり
世界第150位
48億7,700万ドル
1,800ドル
独立
 - 日付
中国より
1921年7月11日
通貨 トグログ
時間帯 UTC +7, +8
国歌 Mongol Ulsyn Törijn Duulal;
ccTLD .MN
国際電話番号 976

国名

正式名称には、キリル文字モンゴル文字の2つの表記がある。キリル文字表記は、Монгол Улсラテン文字転写: Mongol Uls)。

公式の英語表記は、Mongolia で、正式名称も略称も同じである。

日本語の表記は、モンゴル国。通称、モンゴル

モンゴル語名「モンゴル・ウルス」のモンゴルは民族名で、ウルスは「国」を意味する。モンゴルの民族名の語源は明らかではない。

歴史

1911年辛亥革命が起こると、ハルハ地方の王侯はからの独立を宣言、活仏ボグド・ジェプツンダンバ・ホトクトを君主とするボグド・ハーン政権を樹立した。1915年、キャフタ条約で中国の宗主権下での外モンゴルの自治が清の後を引き継いだ中華民国(以後、中国とする)とロシアによって承認されるが、内モンゴルについてはこの地への進出をうかがっていた日本に配慮して現状維持とされた。また、内モンゴルでも外モンゴルの独立に呼応する動きが見られたが、内モンゴルのかなりの地域が漢人地域になっていたこと、モンゴル人の間で統一行動が取れなかったことから内外モンゴルの合併には至らず、以後別々の道を歩むことになる。1917年ロシア革命が勃発して力の空白が生じると中国は外モンゴルでの勢力回復に乗り出し、1919年には自治を撤廃するが、1920年10月、赤軍との内戦で不利な状況に追い込まれていたウンゲルン率いる白軍が体制の建て直しのためにモンゴルへと侵入して中国軍を駆逐、ボグド・ハーン政権を復興させた。しかし、ウンゲルンの残虐な行動に人心が離反、そんな中でスフバートルチョイバルサンら民族主義者、社会主義者はモンゴル人民党(後のモンゴル人民革命党)を結成、ソビエトの援助を求めた。これに応じた赤軍や極東共和国軍はモンゴルに介入し、7月に活仏を君主として戴いたままモンゴル人民政府を樹立した。こうして君主制国家としてスタートすることになった新生モンゴルだが、1924年に活仏が死ぬとモンゴル人民共和国社会主義国)が成立した。 モンゴル人民共和国は親ソ連の国家で、親ソ連と言うよりは殆どソ連の一部と化していた。 モンゴルのスターリンと呼ばれスフバートルと共に革命の指導者であったチョイバルサンはモンゴル国内の仏教徒や政府の人間などを粛正し、モンゴル語からモンゴル文字を廃止しキリル文字使用を決め更にはモンゴル人の生活のシンボルである遊牧生活やモンゴル伝統の歌唱方法であるホーミーなどを一切禁止しソ連式の社会主義的生活を強制し民主化するまでこれらは続いた。 近代のモンゴルと外国との戦争は第二次大戦中現在の内モンゴルのノモンハン(モンゴル名称:ハルヒンゴル)で日本軍とモンゴル人民軍・ソ連赤軍連合軍と軍事衝突したノモンハン事件のみで それ以降は殆ど諸外国とは戦争は行ってないが中国とは中ソ対立を含めた政治的な理由により対立してきた。 チョイバルサンは52年に死去するまで独裁政治を行い、後継者であるツェデンバルも独裁者として振舞った。 1984年ツェデンバルが健康上の理由により書記長を辞任、バトムンフが書記長に選ばれた。 援助削減と自助努力バトムンフは政治・経済改革を次々行った。バトムンフはモンゴルのゴルバチョフと呼ばれている。

80年代末、ソ連・東欧情勢に触発されてモンゴルでも民主化運動が起き、1992年にはモンゴル人民共和国からモンゴル国へと改称。民主化され複数政党が参加できる民主的政治方式を導入し資本主義経済を導入した。

政治

共産時代はモンゴル革命の司令部であったモンゴル人民革命党の一党独裁制度であったが 92年の民主化で複数の政党が誕生したが旧ソ連諸国等のように人民革命党の支持が多く また民主連合出身の大統領らが不信任案で辞職するなど政治情勢は不安定である。

地方行政区

日本の県にあたるアイマク (aimag) が21あり、その下に村にあたるソム (soum) が347、更にその下に1681のバグ (bag) が属する。 各ソムの人口は3,000人ほどで、bagには50-100家族ほどが 属している。

(2001年アジア開発銀行の資料より)

地理

経済

国民

モンゴル人の主な宗教はチベット仏教で、歴史的にチベットとの関わりが深い。多くの国民は、人種的には日本人と同じモンゴロイドで、いくつかの遺伝形質の傾向が一致し、モンゴル語と日本語が文法的に比較的似通っていることから、日本人のルーツに近いという説もある。

文化

祝祭日
日付 日本語表記 現地語表記 備考

関連項目

モンゴル関係記事の一覧モンゴル帝国モンゴルの政党一覧 • モンゴル国の通信 • モンゴル国の交通 • モンゴル国の軍事 • モンゴル国の国際関係

外部リンク

公式

モンゴル政府 (モンゴル語、英語) • モンゴル政府観光局 日本支局 (日本語) • Mongolian Tourist Board (英語) • Mongolia Gateway portal(英語)

その他

外務省 モンゴル国の情報Mongolia Real Estate (英語) • Travel & hotel Mongolia (英語) • Travel & Fishing Mongolia (英語) • Restaurant Mongolia (英語)


> 世界の国々 > アジア
東アジア: 韓国 | 北朝鮮 | 台湾 | 中国 | 日本 | モンゴル
東南アジア: インドネシア | カンボジア | シンガポール | タイ | 東ティモール | フィリピン | ブルネイ | ベトナム | マレーシア | ミャンマー | ラオス
南アジア: インド | スリランカ | ネパール | パキスタン | バングラデシュ | ブータン | モルディブ
中央アジア: ウズベキスタン | カザフスタン | キルギスタン | タジキスタン | トルクメニスタン
西アジア: アゼルバイジャン | アフガニスタン | アラブ首長国連邦 | アルメニア | イエメン | イスラエル | イラク | イラン | オマーン | カタール | 北キプロス | キプロス | クウェート | グルジア | サウジアラビア | シリア | トルコ | バーレーン | パレスチナ | ヨルダン | レバノン

このページはウィキプロジェクト 国のテンプレートを使用しています。




This article is from Wikipedia, the Free Encyclopedia. All text is available under the terms of the GNU Free Documentation License.


社会 • 社会政治経済産業交通教育歴史福祉医療環境環境問題市民活動平和軍事 • 芸術と文化 • 芸術文化言語宗教遊び趣味伝統芸能文学音楽美術演劇映画アニメ漫画建築スポーツゲームギャンブル食文化ファッションマスメディア出版新聞放送テレビラジオ • 世界 • 世界アジアアフリカオセアニア北アメリカ南アメリカヨーロッパ • 日本 • 日本北海道東北関東中部近畿中国四国九州沖縄 • 学問 • 学問文学哲学倫理学心理学社会学法学経済学数学物理学化学生物学地球科学医学工学 • 自然 • 自然宇宙元素気象災害海洋生物植物動物鉱物 • 技術 • 技術コンピュータネットワークエレクトロニクスバイオテクノロジー • 資料 • 索引年表365日地図世界各国関係記事人名一覧一覧の一覧