サンマリノ
サンマリノは、正式名称をサン・マリノ共和国(La Repubblica di San Marino)と言い、イタリア半島の中部に位置する、ヨーロッパの国である。首都は国名と同じくサンマリノ。イタリア共和国内に浮かぶ孤島のような国で、世界で5番目に小さな国で、現存する世界最古の共和国である。F1サンマリノ・グランプリで有名だが、実際にレースが行われているのは麓の町イモラで、イタリア領である。
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| 国の標語 : Libertas (ラテン語: 自由) | |||||
| 公用語 | イタリア語 | ||||
| 首都 | サンマリノ | ||||
| 執政 | パオロ・ボッリーニ、マリーノ・リシカルディ | ||||
| 面積 - 総計 - 水面積率 | 世界第190位 61;km² 極僅か | ||||
| 人口 - 総計(2004年) - 人口密度 | 世界第190位 28,503人 467人/km² | ||||
| GDP (PPP) - 合計(2001年) - 1人当たり | 世界第171位 9億4,000万ドル 34,600ドル | ||||
| 独立 - 日付 | 301年9月3日 | ||||
| 通貨 | ユーロ | ||||
| 時間帯 | UTC +1 | ||||
| 国歌 | Inno Nazionale | ||||
| ccTLD | .SM | ||||
| 国際電話番号 | 378 | ||||
国名
正式名称はイタリア語で、Repubblica di San Marino。通称、San Marino。
公式の英語表記は、Republic of San Marino(リパブリック・オブ・サンマリノ)。通称、San Marino(サンマリノ)。
日本語の表記は、サンマリノ共和国。通称、サンマリノ。
歴史
4世紀 - イタリア半島の対岸ダルマツィア地方出身の石工マリヌス(聖マリノ)が、ローマ帝国皇帝ディオクレティアヌスによるキリスト教迫害を逃れるために、仲間と共にチタン山(現サンマリノのティターノ山)に潜伏。 951年 - 文献上に初めてサンマリノの存在が現れる。 1257年 - ギベリン(皇帝派)=グエルフ(教皇派)の闘争に巻き込まれ、ローマ教皇インノケンティウス4世より破門される(2年後、破門解除)。 1463年 - 近隣リミニのマラテスタ家の侵略に晒されるが独力で撃退、追撃を加え逆に領土を拡大。 1631年 - 教皇ウルバヌス8世より独立を承認される。 1739年 - アルベロニ枢機卿によって一時的に占領されるが、教皇クレメンス12世の勧告により独立を維持。 1815年 - ナポレオン戦争後のウィーン会議で、サンマリノの独立が再確認される。 1849年 - イタリア統一を目指すジュゼッペ・ガリバルディをオーストリア軍の追撃から匿う。 1854年 - 教皇ピウス9世が、ガリバルディを匿ったサンマリノを「自由主義者の巣窟」として糾弾。トスカーナ大公国に命じてサンマリノ共和国の教皇領併合を企てるが、失敗。 1862年 - イタリア統一の功労によって、イタリアと友好善隣条約を締結。独立が再確認される。
政治
地方行政区分
地理
イタリアのエミリア=ロマーニャ州のリミニ県とマルケ州のペーザロ・エ・ウルビーノ県に挟まれている。海とは接していないが23kmしか離れていないので、眺望することはできる。
経済
主要産業は機械・繊維・観光などである。 1985年に小さな地方空港が出来た。
国民
公用語は、イタリア語。
宗教は、ローマ・カトリックが支配的である。
在留邦人は4名、在日サンマリノ人は1名(2002年10月)
文化
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
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関連項目
サンマリノ関係記事の一覧
外部リンク
公式
サンマリノ共和国公式ウェブサイト (イタリア語)
その他
日本外務省 サンマリノの情報
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