南アフリカ共和国
南アフリカ共和国(みなみアフリカきょうわこく)、通称南アフリカは、アフリカ大陸最南端に位置する国。ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、モザンビーク、スワジランドと国境を接し、レソトを囲んでいる。首都はプレトリア。鉱物資源に恵まれ金やダイヤモンドの世界的産地である。過去に人種差別の政策である「アパルトヘイト」があったことでも知られる。
近年、貧困、安価な武器の流入などにより急速に治安が悪化している。大都市郊外においては、徒歩による移動ですら危険である。空港からのタクシーも、事前に電話で予約した車両を利用した方が無難である。
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| 国の標語 : !ke e: ǀxarra ǁke (コイサン語: 様々な人々が一致協力する) | |||||
| 公用語 | アフリカーンス語、英語、バンツー諸語9言語、計11言語 | ||||
| 首都 | ケープタウン(立法) プレトリア(行政) ブルームフォンテーン(司法) | ||||
| 最大の都市 | ケープタウン | ||||
| 大統領 | タボ・ムベキ | ||||
| 面積 - 総計 - 水面積率 | 世界第24位 1,219,912;km² 極僅か | ||||
| 人口 - 総計(2004年) - 人口密度 | 世界第27位 42,718,530人 35人/km² | ||||
| GDP (PPP) - 合計(2003年) - 1人当たり | 世界第21位 4,567億ドル 10,700ドル | ||||
| 独立 | イギリスより 1910年5月31日 イギリス連邦脱退 ² 1961年5月31日 | ||||
| 通貨 | ランド (ZAR) | ||||
| 時間帯 | UTC +2 | ||||
| 国歌 | 神よ、アフリカに祝福を ³ | ||||
| ccTLD | .ZA | ||||
| 国際電話番号 | 27 | ||||
| 注1 : インド洋のプリンスエドワード諸島を含む。 注2 : 1994年に再加盟。 注3 : 現在の国歌は、元々は2つの曲だった『神よ、アフリカに祝福を (Nkosi Sikelel iAfrica)』と『南アフリカの叫び (Die Stem van Suid Afrika)』のそれぞれ一部をつなげたもの。 | |||||
国名
南アフリカは11の公用語があるため、正式名称も多い。 アフリカーンス語 - Republiek van Suid-Afrika 英語 - Republic of South Africa ズールー語 - IRiphabliki yaseNingizimu Afrika ンデベレ語 - IRiphabliki yeSewula Afrika ペディ語(北ソト語) - Rephaboliki ya Afrika-Borwa ソト語(南ソト語) - Rephaboliki ya Afrika Borwa スワジ語 - IRiphabhulikhi yeNingizimu Afrika ツォンガ語 - Riphabliki ra Afrika Dzonga ツワナ語 - Rephaboliki ya Aforika Borwa ヴェンダ語 - Riphabuḽiki ya Afurika Tshipembe コサ語 - IRiphabliki yaseMzantsi Afrika
日本語の表記は、南アフリカ共和国。通称は、南アフリカ。略称は、南ア(なんあ)。
歴史
詳細は南アフリカ共和国年表を参照
紀元前数千年ごろ、狩猟民族のサン人(ブッシュマン)と、牧畜民族のコイコイ人(ホッテントット(愚か者の意))が住んでいた。また、300~900年代には、赤道に近い方に住んでいたバンツー系諸民族が南に移動し、現在の南アフリカに住むようになる。
15世紀になると、バーソロミュー・ディアスが南アフリカ南端、喜望峰を発見。
1652年にオランダ東インド会社のヤン・ファン・リーベックがやってきて喜望峰を中継基地とした。喜望峰は航海上の重要な拠点として注目されたからである。以後、オランダ移民は増え、ケープ植民地となった。この植民地に形成されたボーア人(Boer アフリカーンス語読みでブール人とも呼ばれるが、以下ボーア人で統一)の領地拡大とともに原住民との争いも起きた。一方、彼らや奴隷との混血も進んだ。
18世紀の終わり頃になると金やダイヤモンドの鉱脈を狙って、イギリス人がやってくる。ボーア人とイギリス人が対立、ボーア戦争に発展、1795年イギリスがケープタウンを占領する。
19世紀に入ってオランダからイギリスへ正式に譲渡され、イギリス人の移民が大量に行われる。英語が公用語になる、イギリスの司法制度が持ち込まれるなどイギリスの影響が強まる。それとともに、英語がわからないボーア人は二等国民として差別され、自らをアフリカーナーと呼ぶようになる(以下ボーア人をアフリカーナーとする)。奴隷労働が廃止されると、それに頼っていたアフリカーナーの農業主は反発、奥地へ大移動を開始する(グレートトレック)。バンツー系民族と戦いながら内陸部へと進みトランスバール共和国やオレンジ自由国を建設する。しかし、イギリスとの対立から第二次ボーア戦争に発展、それらも全てイギリスの手に落ちる。
1910年5月31日に、4州からなる南アフリカ連邦として統合独立し、イギリスの領地ながらアフリカーナーの自治を確立する。その一年後の1911年に、鉱山における白人・黒人間の職種区分と人数比を全国的規模で一般化する、白人労働者保護のための最初の人種差別法、鉱山・労働法制定される。それからも人種差別法はいくつも制定される。
そして、1948年に政権を握った国民党(アフリカーナーの農民や都市の貧しい白人を基盤とする政党)は、アパルトヘイト政策(人種隔離政策)を本格的に進めていくようになる。国連の抗議やアフリカ人民評議会などの団体の抵抗などがあるもののアパルトヘイト政策をやめることはなく、むしろ反発した。(この背景には、ボーア戦争トラウマとも言うべき諸外国への根強い不信感が指摘されている。)
1961年イギリスの人種差別に対する非難を受け英連邦から脱退して国名を「南アフリカ共和国」に変え、共和国になる。一方で、日本は白人ではないにも関わらず白人として扱うという名誉白人とされ、南アフリカ政府や南アフリカ企業と深いつながりを持つことになる。
1980年代、反体制運動は激しくなり、国際的に経済制裁を受け、南アフリカ各地で反アパルトヘイト運動が高まる。1990年代になってようやくアパルトヘイト関連法の廃止、人種差別の法律の全廃を決定する。
1994年4月に、全人種参加の総選挙が実施されANCが勝利。ネルソン・マンデラ議長が大統領に就任した。副大統領に、ANCのターボ・ムベキ氏と国民党党首のデクラーク元大統領が就任。イギリス連邦と国連に復帰。新しい憲法を作るための制憲議会が始まる。1996年に新憲法を採択。国民党は政権から離脱した。
アパルトヘイトがなくなって21世紀になっても、裕福な白人、貧乏な有色人種という構図は変わらないままである。貧富の差は激しいままで失業率は30%ほどあり、ほとんどが黒人。また、エイズが大変流行っており、アフリカのエイズの流行の中心になっている。貧困がその理由と見られている。
犯罪率も高く、多くの右翼テロリスト組織も活動していると言われている。2004年春に3度目となる総選挙を実施。
政治
州
南アフリカは、9の州に分かれる。 クワズール・ナタール州 北ケープ州 東ケープ州 西ケープ州 ノースウエスト州 ハウテン州 フリーステイト州 マプマランガ州 リンポポ州
地理
気候
夏期は10月から3月、冬期は5月から8月である。地域による差はあるのだが、一年を通じて気候は比較的温暖で日照時間が長い。しかし、海岸部以外は高地なため同緯度の国に比べやや気温は低い。国全体の平均気温は、冬が0度から15度、夏が20から40度と差が大きい。内陸高地の冬の気温は0度以下になることもあり、ドラケンスベルク山脈のような高い山の山頂では降雪もある。東部の海岸は高度も低く、暖流のモザンビーク海流が流れているために暖かい。西部の海岸は寒流のベンゲラ海流の影響を受けて気温はそれほど上がらない。
雨季は11月から3月。東と西で雨の降り方が大きく違う。東部は季節風の影響で夏に雨が降るが、南西の海岸はいわゆる地中海岸気候で、移動性低気圧により冬に雨が多い。降雨量は東側から西側に行くにしたがって少なくなる。
南半球なので北に行くほど暑くなりそうだが、内陸部は高原地帯であるためそれほど暑くはならない。
動植物
国鳥は、ブルークレイン(和名: ハゴロモヅル)。 国花は、キングプロテア。 国の動物は、スプリングボック。
経済
主要産業
農業は畜業、とうもろこし、柑橘類、その他の果物、小麦、砂糖、羊毛、皮革類。
鉱業は金、ダイヤモンド、プラチナ、ウラン、鉄鉱石、石炭、銅、クロム、マンガン、石綿。
工業は食品、製鉄、化学、繊維、自動車等。豊富な鉱物資源を誇り、特に金は世界の産出量の半分を占める。この豊富な産金力を背景にクルーガーランド金貨を発行していたが、現在は限定品としてのみ僅かに販売されている。
近年、ダイムラー・クライスラー社が、ダーバン市内に自動車製造工場を建設。メルセデス・ベンツ3シリーズの右ハンドル車の製造・出荷を開始した。これらの車両は主に、日本やイギリスに輸出している。
国民
言語
公用語はアフリカーンス語、英語、バンツー諸語(ズ―ルー語、コサ語、ぺディー語、ソト語、スワジ語、ンデベレ語、ツォンガ語、ツワナ語、ヴェンダ語)の11言語。国内で最も多くの人に話されている言葉は東部で話されているズールー語であるが国内人口比22%程度である。アフリカーンス語はオランダ植民地時代にオランダ語と現地の言葉が融合した言語で西部の広い地域で話されている。大多数の部族によって話されている言語というものがなく、各部族によって言語が異なっているため、イギリスの植民地時代に普及した英語が共通語的役割を果たし国会でも英語が使われている。
人種・宗教
人種の割合は黒人(77%)、白人(11%)、カラード(混血)(9%)、インド系(3%)。宗教は8割の国民がキリスト教で残りは、ヒンズー教、イスラム教、などである。
南アフリカ共和国におけるエイズの状況
南アフリカ共和国のエイズ感染率が成人の約20%(1999年)と大変に高い。感染は成人は性交渉による感染が多いとされている。子供は母親から胎児の時にうつされていることが多い。しかし、最近医療現場での注射針の使い回しや輸血ではないかという説が出ている。
文化
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
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関連項目
南アフリカ関係記事の一覧
外部リンク
公式
政府公式サイト (英語) 南アフリカ大使館 (日本語)
その他
日本外務省 南アフリカの情報
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