コートジボワール
コートジボワール共和国、通称コートジボワール(Côte d'Ivoire, Ivory Coast)は、西アフリカの国。ガーナ、ブルキナファソ、マリ、ギニア、リベリアと国境を接し、大西洋に面する。日本では、かつては日本語に訳して象牙海岸(ぞうげかいがん)と呼んでいた。
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| 国の標語 : なし | |||||
| 公用語 | フランス語 | ||||
| 首都 | ヤムスクロ | ||||
| 首都の座標 | 北緯 6度51分 西経 5度18分 | ||||
| 最大の都市 | アビジャン | ||||
| 大統領 | ローラン・バグボ (Laurent Gbagbo) | ||||
| 首相 | セイドゥ・ディアラ (Seydou Diarra) | ||||
| 面積 - 総計 - 水面積率 | 世界第67位 322,460;km² 1.4% | ||||
| 人口 - 総計(2004年) - 人口密度 | 世界第57位 17,327,724人 54人/km² | ||||
| GDP (PPP) - 合計(2003年) - 1人当たり | 世界第92位 245億1,000万ドル 1,400ドル | ||||
| 独立 - 日付 | フランスから 1960年8月7日 | ||||
| 通貨 | CFAフラン | ||||
| 時間帯 | UTC | ||||
| 国歌 | アビジャンの歌 | ||||
| ccTLD | .CI | ||||
| 国際電話番号 | 225 | ||||
国名
正式名称は、République de Côte d'Ivoire(レビュブリック・ドゥ・コート・ディヴワール)。通称、Côte d'Ivoire。
公式の英語表記は、Republic of Cote d'Ivoire(リパブリック・オブ・コート・ディヴワール)。通称、Cote d'Ivoire。
日本語の表記は、コートジボワール共和国。通称、コートジボワール。コートディボワールともいう。 かつては日本語に訳して象牙海岸(ぞうげかいがん)と呼んでいた。
歴史
15世紀にポルトガル、イギリスなど西欧の貿易船が奴隷と象牙の売買に来航。17世紀半ばフランスが西アフリカ経営に乗り出した。1893年にフランスの植民地となり、1917年には全土が制圧された。1958年12月4日に自治国となり、1960年8月7日に正式独立。コートジボワール民主党(PDCI)のフェリックス・ウフェボワニが初代大統領に。
PDCIの一党制だったが、1990年10月に初の複数候補による大統領選が行われ、ウフェボワニ大統領が7選。11月には初の複数政党制での総選挙が実施され、PDCIが圧勝。しかしイボワール人民党(FPI)など野党も議席を獲得。1993年ウフェボワニ大統領が死去し、国民議会議長でPDCI党員のベディエが第2代大統領に就任。1995年10月の大統領選ではベディエ大統領が圧勝。11月の総選挙でPDCIが絶対多数を確保した。1999年12月24日、軍のロベール・ゲイ元参謀長らがクーデターを強行、翌日には軍事政権「国家国民救済委員会」を設置。ゲイは2000年1月第3代大統領に就任。5月ゲイ大統領が民政復帰に向け、新憲法制定のための国民投票や大統領選、議会選を順次実施する方針を発表。7月新憲法草案が国民投票で承認され、10月22日には大統領も実施された。軍事政権は集計作業を中断させゲイ大統領の当選を一方的に発表したが、市民らの抗議行動でゲイは逃亡、26日にはFPIのバグボが第4代大統領に就任。バグボ大統領は27日、FPI選挙対策幹部のヌゲサン・アフィを首相に指名、挙国一致内閣が成立。しかし共和連合(RDR)は新政府に不参加。
ゲイによるクーデターでフランスに亡命したベディエ元大統領は2002年4月、PDCI党首に再選された。6月29日、国籍がブルキナファソと見なされ大統領選などへの立候補を拒否されたRDR党首のワタラ元首相がコートジボワール国籍を取得。
9月19日、軍機構改革で退役を迫られたことなどを不服とする軍人ら約750人による反乱軍「コートジボワール愛国運動」がアビジャンやブアケなど主要都市で蜂起。政府軍との戦闘で反乱軍の黒幕と見られるゲイ前大統領が死亡。反乱軍によってドゥドゥ内相が殺害され、アミチア・スポーツ相であるも身柄を拘束された。22日までに戦闘による死者は270人、負傷者は300人に上った。同日、フランスは自国民らの保護を目的に部隊をコートジボワールへ派遣。27日までに日本人11人を含む1,500人を救出。西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は29日、ガーナのアクラで緊急首脳会議を開き、政府軍と反乱軍の仲裁に乗り出すことを決めた。バグボ大統領は10月12日クアシ国防相を解任し、自ら国防相を兼任すると発表。反乱軍は17日、ブアケでセネガルなどの調停に応じ停戦協定に調印、政府側も停戦に応じた。ECOWASは26日、停戦監視のため西アフリカ諸国平和維持軍(ECOMOG)を派遣することで合意。政府と反乱軍は11月、トーゴのロメで和平交渉を開始。
西部のマン周辺で11月28日、正義平和運動や大西部人民運動を名乗る反政府勢力が政府軍と交戦。29~30日にかけてはフランス軍とも衝突し、反政府勢力の約10人が死亡。フランス軍も兵士1人が負傷。2003年1月、パリ郊外で開かれた和平会議で3つの反政府勢力、野党の各代表が暫定政府発足と内戦終結の和平案に合意した。
政治
政治体制:共和制 大統領:ローラン・バグボ(Laurent Gbagbo、2000年10月26日就任、任期5年、イボワール人民党) 首相:セイドゥ・ディアラ(Seydou Diarra) 議会:一院制(国民議会、225議席、議員任期5年) 主要政党:イボワール人民党(FPI)、コートジボワール民主党(PDCI)、共和連合(RDR)
地方行政区分
主要都市:アビジャン、ブアケ、ダロア
地理
海岸部は高温多湿の熱帯性気候、内陸部はサバンナ。
経済
独立後経済は順調に推移し、「西アフリカの優等生」といわれ、比較的高い経済水準を維持。1人当たり国民総所得も他のアフリカ諸国と比べて高い。主要産業はカカオ(世界一の輸出国)、コーヒー、イモ類、天然ゴムの生産を中心とする農業。他に鉱業(石油、ダイヤモンド)、林業、工業(食品加工、石油製品)も盛ん。カカオ、石油製品、材木の輸出が好調なことにより貿易は毎年約10億ドルの黒字を記録しているが、膨大な対外債務を抱え財政を圧迫。
国民総所得:100億~106億ドル(1人当たり630ドル、2001年推計) 通貨:CFAフラン
軍事
選抜徴兵制。陸軍6,800人、海軍900人、空軍700人、大統領親衛隊1,100人、憲兵隊4,400人。2001年の国防予算は1億4,000万ドル(8,000万ドルとする資料もある)。
国民
言語:フランス語が公用語。他にジウラ語など各民族言語も使用。 民族:バウレ人、ベテ人など黒人が大多数。 宗教:アニミズムなど伝統宗教25~40%。イスラーム(北部中心)35~40%、キリスト教(南部中心)20~30%。
文化
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
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関連項目
コートジボワール関係記事の一覧
外部リンク
公式
コートジボワール大統領官邸 (フランス語)
その他
日本外務省 コートジボワールの情報
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