アウグスティヌス
アウグスティヌス (Augustinus、英:Augustine of Hippo、354年-430年)は、キリスト教のラテン教父。ローマ・カトリック教会および東方正教会の聖人。日本ハリストス正教会では福アウグスティンと呼ばれ、古代キリスト教最大の神学者・哲学者である。彼はキリスト教徒の母モニカと異教徒の父パトリキウスの子として、北アフリカのタガステに生まれる。若い頃から弁論術の勉強をし、まずタガステに近いカルタゴ、のちにイタリアで弁論術を学ぶ。キリスト教に回心する前は、一時期マニ教を信奉していたが、キケロの『ホルテンシウス』を読み哲学に関心をもち、マニ教と距離をおくようになる。その後新プラトン主義を知り、ますますマニ教に幻滅を感じる。 当時ローマ帝国の首都であったイタリアのローマに行き、更にその北に位置するミラノで弁論術の教師をするうち、ミラノの司教アンブロシウスおよび母モニカの影響によって洗礼を受けキリスト教徒となる。 彼は母モニカの死後、アフリカに帰り、息子や仲間と共に一種の修道院生活を行ったが、この時に彼が定めた規則はアウグスチノ戒律と言われ、やがて、キリスト教修道会規則の一つとなった。 また、彼は391年北アフリカの都市ヒッポの教会の司祭に、更に396年には司教に選出されたため、聖職者としての叙階を受けてその職を死ぬまで務めた。 ヨーロッパからジブラルタル海峡を渡って北アフリカに侵入したゲルマン人の一族ヴァンダル人にヒッポが包囲される中、熱病にかかりその地で没した。
アカデメイア派の懐疑論者、ペラギウス主義、マニ教への反駁の他、魂、時間、自由、意志、来世(神の国)についての論考、聖書の注解などの著作が残るが、『告白』などから現存しない著作があることも知られている。
主要著書 『告白』~400年 『三位一体論』~417年 『ヨハネ福音書注解』~419年 『神の国』~426年
聖アウグスチノ修道会はアウグスティヌスの定めた会則を元に修道生活を送っていた修道士が13世紀に合同して出来た修道会である。
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