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コミックマーケット

コミックマーケットは、コミックマーケット準備会が主催する漫画アニメ関連の大規模同人誌即売会。 愛好者は略してコミケットコミケと呼ぶ。 なお、「コミックマーケット」、「コミケット」、「コミケ」はいずれも有限会社コミケットの登録商標である。(コミックマーケット™、コミケット™、コミケ™)

現在は年に2回、8月半ばと12月下旬に、東京国際展示場(東京ビッグサイト)で行われる。それぞれ、夏コミ, 冬コミとも呼ばれる。

コミックマーケットが有名となったので、他の同種の即売会も含めて代名詞的にコミケと呼称されることもある。

概要

コミックマーケットは、もともとアマチュア作家の同人誌を販売する即売会であった。

しかし最近ではプロの作家の参加も珍しくはなく、また関連業種の企業も重要な販売・プロモーション・市場調査の場としてコミックマーケットを利用している。

また漫画・アニメ・ゲーム以外の大衆音楽アイドルグループのファン同人誌や、ゴスロリ服の販売、人形作家による人形の販売など、またガーデニング紅茶の愛好家による同人誌まで、現代日本のさまざまなサブカルチャーが集う場となっている。

参加者の年齢層も様々で下は小学生、上は70歳を越える老人まで幅広いが、高校生から30代ぐらいまでが主要な参加者層となっている。また近年では海外(特にアジア、欧米)からの参加者も増加し、購入する側だけではなく販売する側にまわる者も現れはじめた。

コミックマーケットの規模は回を重ねるごとに大きくなってきている。例えば、夏の開催は3日間東京国際展示場を借り切って、販売者3万5000サークル、参加者のべ48万人にまでなっている。(2002年度に行われたコミックマーケット62の公式記録)

歴史

コミックマーケットの歴史は、同時に開催場所移転の歴史でもある。以下にそれを追っていく。

日本消防会館会議室

第1回のコミックマーケットは1975年12月21日、漫画批評集団迷宮主催の下、東京・虎の門の日本消防会館会議室において、参加サークル32(ただし委託・展示サークルがほぼ半数)、参加者700名で開催された。前日には合宿も行われ、アニソンが高歌放吟されたというSF大会の影響の濃いものだったらしい。また、参加サークルの半分近くを学漫(学校内クラブ活動としての漫画研究会)が占めていた。この第1回以降、春・夏・冬の学校の休みに合わせて、年3回のコミックマーケット開催が定着する。

板橋産業連合会館から都内各産業会館

1976年には第2回から第4回の春・夏・冬コミが板橋産業連合会館で開催される。この頃はまだ参加サークルは100に満たない状態だった。だが、1977年第5回に大田区産業会館に移った頃から入場待ちの行列ができるようになっていく。途中、四谷公会堂と東京都立産業会館・台東館を1度ずつ使用したものの、結局1979年いっぱいまで同館の使用は続き、同館最後の第13回では、参加サークル300弱、参加者数4,000人と、コミックマーケットは確実に大きくなっていった。また、参加サークルにおける学漫の占める率は低下し、オリジナルの創作系が増えていった。また『宇宙戦艦ヤマト』などアニメのファンサークルの参加も目立ちだす。

川崎市民プラザから横浜産貿ホール

1980年から1981年にかけて川崎市民プラザで4回開催されたコミックマーケットは、参加サークル350~400、参加者7,000人規模で推移するが、すぐに会場が手狭となり、第18回では横浜産貿ホールを2日間使用し、ついに参加サークルは500、参加者は1万人を突破する。この時期、『うる星やつら』のファンサークルが激増、ロリコンブームと相まって、現在の男性向創作分野の基礎が作られる。「シベール」の行列が館外に作られ、今の壁サークルの走りとなったのもこの時期である。

晴海(1期)

1981年の冬コミである第19回は、当初川崎市民プラザで開催される予定であった。しかしそこに分裂騒動が起こり、コミケット準備会は望まぬままに晴海国際貿易センター(通称晴海)の使用に踏み切った。以後、コミックマーケットは6年間に渡って晴海に落ち著く。その間、参加サークル、参加者数共に増大を続け、1983年冬コミの第22回において参加サークルは1,000を越え、第一期晴海時代の最後の開催である第30回には3,900サークル、35,000人が参加するに至る。また、この間に1983年を最後に春コミが廃止された(後に一度だけ開催される)。この間、『キャプテン翼』が女性サークルに絶大な人気を呼び、いわゆる「やおい」サークルが増加、男性参加者が圧倒的に多かった川崎市民プラザ時代に対し、女性参加者を大きく増やすこととなった。

東京流通センター

晴海での1日開催の限界に達したコミックマーケットは、1987年の第31回から翌年の第33回まで、東京流通センター(TRC)を使用しての2日開催を行う。この間、4,400サークル、4~6万の参加者を獲得した。

晴海(2期)

TRCでの2日開催でも人員を収容しきれなくなったコミックマーケットは、翌1988年の第34回より晴海での2日開催を決行する。その結果、参加サークルは9,200と倍増し、翌年の第36回では、ついに1万サークル、10万人の大台に乗ってしまう。

幕張メッセ

晴海の全館2日使用ですら収まりきらないほどに巨大化したコミックマーケットは、1989年第37回より幕張メッセに移行する。翌年の第39回には参加者25万人を数えるに至り、コミックマーケットはこのまま幕張に落ち着くかに見えた。しかし、次の開催は猥褻図画摘発と会場からの申し出から使用不能となってしまう。

晴海(3期)

幕張を追い出された形のコミックマーケットを迎え入れてくれたのは晴海だった。1991年の第40回より1995年の第49回まで、コミックマーケットは三度晴海に落ち着く。その最終年の第48回において、コミックマーケットは初の3日開催を行い、参加サークルは22,000を数えた。なお、翌1996年春には通算回数にカウントされない「さよなら晴海!! コミケットスペシャル」が開催され、コミックマーケットはのべ10余年のつきあいを終え、晴海に別れを告げた。

有明

1996年の第50回より東京国際展示場(東京ビッグサイト、通称有明)に移ったコミックマーケットは、初年度こそ2日開催だったが、翌年の夏コミである第52回からは3日開催となり、参加サークルは33,000を数えるに至った。それを追うように、冬コミも2002年の第63回より3日開催へと移行(1999年にも一度会場の都合により3日開催が行われた)、年2回各3日開催が定着しつつある。

有明後で特筆すべきは、企業スペースの設置である。ビッグサイトの構造の問題から隔離された場所となったスペースを企業に貸し出すこととした。当初は異端視さえされたこのスペースだが、現在では期間限定商品などの入手場所として、多くの同人誌販売スペースよりも人気を呼びつつある。

野放図にとすら言えるサークルと参加者の増大、企業との関係、さらには有害図書やコスプレに絡む性表現の問題、多大な金銭のやりとりによって生じる税務当局との関係、そして最大の問題とも言える著作権の問題など、幾多の問題を抱えながら、コミックマーケットの歴史は今も続いている。

コミックマーケットとプロ作家

コミックマーケットの初期には柴門ふみいしいひさいち高橋留美子などがアマチュア作家として参加しており、アマチュアからプロへという流れが存在していた。

しかし、それ以降のあさりよしとお高河ゆんCLAMPなど、現代のオタク文化を代表する作家たちは、プロ作家としてデビューしつつも同人作家としての活動も続けるようになる。

さらに下ると、商業誌でデビューして名を売りつつも、本業はむしろ同人誌に置く向きも増えていく。テレビをプロモーションの場とし、利益はディナーショーなどで得る一部の歌手と同じビジネスモデルである。

この一方で、ロリコンブームの際に吾妻ひでおによる同人誌が出たのを走りとして、プロ作家(そのなかには元プロ作家と呼ぶべき人たちも含まれる)が同人誌を出すという、いわば逆コースも見られ、プロとアマチュアの境界はコミックマーケットという場において混沌としているのが現状である。

外部リンク

コミックマーケット公式サイト




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