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イマヌエル・カント

イマヌエル・カントImmanuel Kant, 1724年4月22日 - 1804年2月12日)はドイツの哲学者である。近代において最も影響力の大きな哲学者のひとりであると考えられている。
プロイセンの都市ケーニヒスベルグ(現ロシア領カリーニングラード)出身、その町から生涯、外に出たのは数回のみであった。

主要著作

1755年: 『天体の一般的自然史と理論』Allgemeine Naturgeschichte und Theorie des Himmels • 1763年: 『神の存在証明の唯一の可能な証明根拠』Der mögliche Beweisgrund yu einer Demonstration des Daseins Gottes • 1763年: 「負量の概念を哲学に導入する試み」Versuch den Begriff der negativen Größen in die Weltweisheit einyuführen • 1764年: 『美と崇高の感情に関する観察』Beobachtungen über das Gefühl des Scönen und Erhabenen • 1764年: 「頭脳の病気に関する試論」Versuch über die Krankheiten des Kopfes • 1764年: 『自然神学と道徳の原則の判明性』Untersuchng über die Deutlichkeit der Grundsätze der natürlichen Theologie und der Moral • 1766年: 『形而上学の夢によって解明された視霊者の夢』Träume eines Geistersehers, erläutert durch Träume der Metaphysik • 1770年: 『可感界と可想界の形式と原理』De mundi sensibilis atque intelligibilis forma et principiis • 1781年: 『純粋理性批判』第一版 1. Auflage der Kritik der reinen Vernunft • 1783年: 『啓蒙とは何か』Beantwortung der Frage: Was ist Aufklärung • 1783年: 『プロレゴーメナ』 Prolegomena zu einer jeden künftigen Metaphysik, die als Wissenschaft wird auftreten können • 1785年: 『道徳形而上学の基礎付け』Grundlegung zur Metaphysik der Sitten • 1787年: 『純粋理性批判』第二版 2. Auflage der Kritik der reinen Vernunft) • 1788年: 『実践理性批判』 Kritik der praktischen Vernunft • 1790年: 『判断力批判』 Kritik der Urteilskraft • 1793年: 『単なる理性の限界内での宗教』 Die Religion innerhalb der Grenzen der bloßen Vernunft • 1795年: 『永久平和のために』 Zum ewigen Frieden. Ein philosophischer Entwurf • 1797年: 『道徳の形而上学』 Die Metaphysik der Sitten

思想

一般にカントの思想はその三つの批判の書にちなんで批判哲学と呼ばれる。しかしカント自身はみずからの批判書を哲学と呼ばれるのを好まなかった。カントによれば批判は哲学のための準備・予備学であり、批判の上に真の形而上学としての哲学が築かれるべきなのである。ドイツ観念論はカントのこの要求に応えようとした試みであるが、カントはこれをあまり好意的には評価しなかった。またドイツ観念論の側でもカントを高く評価しながら、物自体と経験を分離したことについてカントを不徹底とも評価し、いわばカントを克服しようとしたのである。

カントの思想は以下の三つの時期に区分される。 • 前批判期 『純粋理性批判』刊行前、初期の自然哲学論考から就職論文『可感界と知性界について』まで • 批判期  1768年 - 1790年。『純粋理性批判』以降の三批判書を含む諸著作。これ以降、後批判期を含めて批判哲学と呼ぶ • 後批判期 1790年 - 1804年。第三批判『判断力批判』以後に刊行された著作および遺稿

批判哲学

従来人間外部の事象、物体について分析を加えるものであった哲学を、人間それ自身の探求のために再定義した「コペルニクス的転回」は有名。彼は人間のもつ純粋理性、実践理性、判断力とくに反省的判断力の性質とその限界を考察し、『純粋理性批判』以下の三冊の批判書にまとめた。

カントによれば、人間の認識能力には、感性に純粋直観である空間および時間悟性因果性などの 12 種の純粋悟性概念(別名をカテゴリー、範疇)の二種の認識形式がアプリオリに備わっている。人間理性は、その二種の形式に従ってのみ物事を認識する。この認識が物の経験である。他方、この形式に適合しない理性理念は原理的に人間には認識できない概念とされる。あるいは超越者がその代表例であり、これをカントは物自体(Ding an sich)と呼ぶ。(「純粋理性批判」)

超越者がアプリオリな認識能力にとってたんに思惟の対象であることを指摘したカントは、理性が超越者とかかわる別の方法、すなわち実践理性による超越者の要請(Anspruch)を「実践理性批判」において考察する。この書はカント道徳論の基礎であり、物自体はここで定言命法「自らなされたくないことを他者になすなかれ(sollen)」として格率として定式化される。すなわち理論理性に対して物自体である神は、実践理性にとっては人間理性の自由であり、その根拠として神・不死などの観念が要請されるのである。なお定言命法は当為あるいは「自由の格率」とも呼ばれる。

最後にカントは狭義の理性ではないが、人間の認識能力のひとつ判断力について考察を加え、その一種である反省的判断力を「現実をあるカテゴリーの下に包摂する能力」と定式化し、これを美的(直感的)判断力と目的論的判断力の二種に分けて考察を加えた。これが『判断力批判』である。この書は、その後展開される実践論、美学などの基礎として評価されている。またハンナ・アレント以降、判断力批判を政治哲学として読む読み方が提示され、現代哲学においてカントの占める位置は極めて重要であるといえよう。

批判期以降のカント(後批判期)は、ふたたび宗教・倫理学への関心を増した。とくにフランス革命にカントは重大な衝撃を受け、関心をもってその推移を見守っていた。後期著作の道徳論や人間論にはその知見が投影されている。

エピソード

時間に厳格で、毎日同じ時間に散歩をしていた。散歩の通り道にある家では、カントが歩いてくるたびに時計の狂いを直していたという。




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