キリスト教
キリスト教は、ナザレのイエスを救世主キリスト(メシア)と信じ、旧約聖書に加えて、新約聖書に記されたイエスや使徒たちの言行を信じ従う伝統的宗教。
教派
キリスト教は、おおむね次のように分類される。 原始キリスト教 ローマ・カトリック オーソドックス(東方正教会および単性論の諸教会。アルメニア正教など) 聖公会(英国国教会) プロテスタント
信徒数
キリスト教徒の信者数は、1993年の集計で、約21億人(うち、ローマ・カトリック1010億人、プロテスタント5億人、東方正教会2.4億人、その他宗派2.75億人)であり、 イスラム教徒11億人、ヒンドゥー教徒10.5億人をはるかに越えて、世界で最大の信者を擁する宗教である。もっとも日本国内に限れば、信徒数は約200万人であり、神道約10,600万人・仏教約9,600万人と比すと少数派に留まる。(なお、この数値は各宗教の届け出数であり、合計すると日本の人口を超えることを留意。日本人は複数宗教を信じていることとなる)。
近代以降のキリスト教の歴史
キリスト教発祥から近代に到るまでのより詳細な歴史についてはキリスト教の歴史を参照されたい。
エキュメニズムと世界教会協議会
プロテスタントは、1910年にエジンバラで世界キリスト教会議を開催し、カトリックと東方正教会の代表に加えて、非キリスト教の諸宗教の代表も招き、教会の対話と一致を協議した。その結果、世界教会協議会(WCC)が誕生し、エキュメニカル運動(教会一致運動)が推進された。プロテスタント諸教会は洗礼・聖餐・職制(叙階)において一致するために「リマ文書」を作成し、それを用いて諸教会の合同礼拝を行っている。また各国でプロテスタント諸教派による「合同教会」(United Church)が誕生している。日本では戦中に政府の強制によってではあるが教会合同が行われ、日本基督教団が作られた。
第2ヴァティカン公会議
第二次世界大戦後、カトリック教会は一転して大規模な教会改革を開始し、第2ヴァティカン公会議において、プロテスタントおよび東方諸教会とのエキュメニズム、科学と聖書学の尊重、各国語による典礼、諸宗教との対話、社会正義の実現という、新たな路線を打ち出した。この改革が規模と内容において、16世紀の宗教改革を凌駕することから、「第二の宗教改革」と呼ばれることがある。第2ヴァティカン公会議以降、プロテスタント諸派とカトリックとの対話が促進され、相互聖餐の関係樹立を目指して、教派別に神学的作業が進められている。また、聖公会とカトリックの間にも、相互聖餐の関係が樹立されつつあるが、聖公会が女性および同性愛者を司祭や主教(司教)に叙階していることが、両教会の完全な合同に対する越えがたい障害となっている。
アメリカの現代キリスト教
アメリカでは、18世紀のニューイングランドにおける大覚醒以来、回心運動である「信仰復興」が各地で繰り返し起こり、これにより、宗教体験を最重要視し、聖書を字義通り受け取り、神学を含む学問全般を軽視する傾向が、キリスト教諸教派に共通して見られた。また1800年代から再臨運動が起こり、メソジスト教会から分裂が起こり、ホーリネス運動やフリーメソジスト教会が誕生する経緯となった。中西部から南部では、野外のテントの集会で「聖霊のバプテスマ」や「神癒」の体験を得ようとするキャンプミーティングが数千ヶ所で開催され、熱狂的な礼拝やゴスペルソングの歌唱など、黒人教会の霊性(スピリチュアリティー)に対して決定的な影響を与えた。1904年には、異言を伴う聖霊のバプテスマを強調する信仰復興がロサンゼルスで始まり、北アメリカに急速に広まり、さらに、イギリスや北欧諸国にも及んで、新たにペンテコステ派が誕生した。
自由主義神学vs福音派
アメリカでは20世紀初頭に、自由主義神学の是非を巡って米国長老教会を中心に重大な教義論争が戦わされ(メイチェン論争)、自由主義神学を採用するメインライン(主流各教派)と、聖書の無誤無謬を主張するファンダメンタリスト(福音派)とに、教会が二分された。ファンダメンタリストとは、(1)キリストの処女降誕、(2)キリストの神性、(3)キリストの奇跡、(4)キリストの贖罪死、(5)キリストの復活と再臨、という伝統的なキリスト教の五つの根本教義(ファンダメンタルズ)を堅持することを意味する。メインラインは北アメリカにおける多数派として政治的主導権を有していたが、第二次世界大戦が終結すると、青年層の中で西欧キリスト教文明の終焉が強く意識されるようになり、文明の転換を禅などの東洋思想に求めるカウンターカルチャー(対抗文化運動)が起きて来た。瞑想、コミューン、環境保護、ロック、麻薬、反戦平和、伝統的権威の否定、性の解放が、青年層を越えた社会現象となるにつれ、メインラインの諸教会の影響力は低下して行った。これに対して、ファンダメンタリスト(福音派)においては、ビリー・グラハムに代表される大衆伝道者やテレビ伝道者が、「クルセード(原義は十字軍)」と呼ばれる大規模な回心運動を野球場を使って全米各地で展開し、多数の回心者を獲得した。その結果、福音派がメインラインに迫る多数派となり、政治的影響力を行使するまでに至った。また、ファンダメンタリスト(福音派)の中からは、カウンターカルチャーに対して大胆な文化適合(cultural contextualization)を行い、ロックを教会音楽に採り入れるなど、非伝統的なスタイルで礼拝を行う新しい教会が出現した。大胆な文化適合の結果、一個の教会が短時間で数千人から1万人の会員を擁するという「教会成長」が起こったことにより、マーケティング理論や社会学を援用して教会成長の要因を分析する教会成長学が生まれた。ロックを採り入れた教会音楽は、コンテンポラリーゴスペルやワーシップソングと呼ばれ、新しい教会の成長とともに需要が拡大し、レーベル会社が設立され、音楽業界の中で確固とした市場を確立するに至っている。
現代のキリスト教
1960年代以降、世界教会協議会が反戦平和や南北問題など政治色を強め、自由主義神学を採用するメインライン中心の運動となるにつれて、ファンダメンタリスト(福音派)は世界教会協議会から距離を置き、世界福音同盟(WEF)やローザンヌ世界宣教会議を形成して来ている。その一方で、北アメリカでは1960年代から、異言を強調するカリスマ刷新運動が米国聖公会を端緒として、自由主義神学を採用するメインラインの諸教派の一部に広がり、さらに、カトリック教会にまで影響を及ぼした。メインラインの中でカリスマ刷新運動の影響を受けた教会は、自由主義神学を保持しつつも、聖書に対する伝統的な見方に回帰し、より福音派に近い信仰となる傾向が見られる。
現代のアメリカでのキリスト教の図式としては、カトリックの中にリベラル派と保守派があり、プロテスタントの中にもリベラル派と保守派があるが、リベラル派と保守派の間の相違が本質的であるゆえに、もはや、カトリックそれ自体とプロテスタントそれ自体の差異はさほど問題にならないほど小さくなってきている。つまり、現代のキリスト教は、リベラル派と保守派の二大潮流に大別され、カリスマ派が両者の間にあって 接着剤としての役割を担いつつあるということである。いっぽうこのような対立と相重なる典礼変更を嫌って、伝統的典礼形式を広く保持している正教会に改宗する動きも一定数みとめられる。
日本のキリスト教
景教が8世紀に伝わったとする説もあるが定説には至っていない。文献史上確実に認められる日本への最初の宣教はカトリックの宣教師フランシスコ・ザビエルによる。西日本を中心に信徒を獲得したが、豊臣秀吉の禁令と島原の乱を頂点とする弾圧により、以後は隠れキリシタンとして地下化し近代に至る。幕末の開国とともに再びキリスト教が広まり、カトリック、東方正教会、プロテスタントとも教会、伝道所を立てて宣教を行った。また、海外宣教とは独立して、内村鑑三により無教会という信仰のあり方も主張された。現在は日本の総人口の約1%がキリスト教徒である。そのうちカトリック信徒が約50万人、プロテスタント信徒が約30万人、うちプロテスタントでもっとも信徒数の多い日本キリスト教団が約10万人である。東方正教会(日本ハリストス正教会)は約3万人である。
太平洋戦争中、靖国神社参拝が強要された折に、反対をした学生への弾圧を受けて日本のカトリック教会は「靖国参拝は宗教活動に当たらない」との見解を誤導し、以後戦争に協力した。そして、終戦直後にGHQが靖国神社を破壊しようとした際にカトリックの当時教皇庁駐日代表だったブルーノ・ビッター神父の反対意見によって存続が決定された。この反省から戦後はあらゆる戦争に反対し、またアジアの兄弟との連帯は損なわれてはならないとする立場を取っている。ところが、戦時のカトリック教会としての公式総括は未だなされておらず、タブー扱いで放置されている。
近年靖国神社問題などを通じて、「一部のキリスト教関係者がいわゆる反日左翼運動への歩み寄りが見られる」との揶揄はしばしなされる。
概略
紀元1世紀、イエスの死後に起こった弟子の運動(初期キリスト教運動)が、その直接的な起源である。一神教であって、神には、同一の本質をもちつつも互いに混同し得ない区別された三つの位格(父なる神と子なる神(キリスト)と聖霊なる神)がある(三位一体)。神概念の多神論的解釈、キリストの人性のみか神性のみしか認めない、聖霊を神の活動力とする、キリストを被造物とする、キリストの十字架(=贖罪死)と復活を認めないものを異端として排除する。カトリックの聖人崇拝(崇敬)に多神教の性格を指摘する見解は後を絶たない。
新約聖書の他、ユダヤ教の聖典でもある旧約聖書を教典とする。旧約聖書の範囲は、紀元前から1世紀までの四世紀の間に成立し、ヤムニア会議(1世紀末にユダヤ教の正典目録を定めた)で排除された際にユダヤ人の宗教的文書の取り扱いをめぐり、教派によって異なる。カトリックでは、これを第二正典と称する場合があるが、トリエント公会議では第二正典という用語を一切用いずに、完全な正典として定義している。東方正教会においては第二正典という用語はまったく用いない。
プロテスタントではこの文書群に何らかの価値を認める教会もあれば、全く無視する教会もある。後者の教会ではこれらの文書を旧約外典と呼ぶ。また、新約の諸文書の位置付けも、わずかではあるが他と異なる教団もある。これらの分類(正典化)は古代末期に成立した。
キリスト教の理論的発展を基礎付けたのはパウロ書簡およびヨハネ福音書である。初期の教義はユダヤ教の律法を基礎としたイエスや使徒の言行から発展した。最初期のキリスト教はユダヤ教との分離の意識をもたなかったとする学説が現在は主流を占める。
現在、キリスト教の教派はおもに東地中海沿岸およびロシアに広まる東方正教会、ローマ教皇を中心とするカトリック、カトリックに対する宗教改革から発生したプロテスタントがある。ほか、431年のエフェソス公会議で異端宣告されたイラクのアッシリア教会(ネストリウス派)およびその分枝であるインドのトマス派教会(マラバル派)、451年のカルケドン公会議で異端宣告されたキリスト単性論に属するエジプトのコプト正教会や、その姉妹教会エチオピア正教会、シリアのシリア正教会(ヤコブ派)や、元小アジア現在はコーカサス地方のアルメニア使徒教会などの東方諸教会と呼ばれる教派もある。
関連項目
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外部リンク
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