ギリシャ語
ギリシャ語は、インド・ヨーロッパ語族に属する言語。ギリシア共和国、キプロス共和国またイスタンブールのギリシア人居住区などで使用されているほか学術用語としてラテン語と並び使用されている。ギリシアとキプロスでは公用語になっている。古代ギリシアの諸ポリスで用いられた他、ヘレニズム時代のセレウコス朝シリア王国、プトレマイオス朝エジプト王国、7世紀以降の東ローマ帝国(ビザンツ帝国)などで公用語として用いられた。
歴史
古代ギリシア時代
およそ紀元前2000年ごろに、この言語を用いる民族がギリシアに入り、その後ギリシアを中心に発展したためギリシア語と呼ばれる。ギリシアには、何波にもわかれて民族が侵入したため(アカイア人、ドリス人など)、そもそもいくつかの方言が存在した(トゥキュディデスの『戦史』には、アテナイ側が、スパルタ側のドリス方言に近い言葉を話す人たちを使って敵を欺いた話がのっている(巻三 112))。紀元前5〜4世紀には、アッティカ方言によりギリシア悲劇やプラトンの対話篇など優れた作品が書かれた。このため古代ギリシア語といえば、アッティカ方言を示すようになった。これを古典ギリシア語ということもある。ちなみに、アッティカとは、アテナイを中心とする地方である。こんにち古代ギリシア語を学習する際はアッティカ方言を学習するのが普通である。
ヘレニズム時代から東ローマ帝国時代
古代ギリシア世界が衰退した後、マケドニアによる征服により、共通ギリシア語コイネーが成立。ヘレニズム時代は東地中海の共通言語として用いられた。
続くローマ帝国の時代になると帝国東方ではギリシア語が準公用語(東方地域では皇帝の勅令などもラテン語とギリシア語で出された)となり、文化用語として用いられたが、この時には再び文章語ではアッティカ方言が復活して、口語のコイネーは俗語として軽蔑された。
4世紀以降にローマ帝国の東方を継承した東ローマ帝国では、7世紀以降ラテン語に代わってアッティカ方言が公用語として用いられるようになった。また口語としてのコイネーも発展を遂げ、ラテン語・イタリア語・フランス語・アラビア語・トルコ語・スラヴ語などから借用された語彙が用いられるようになった。この中世の東ローマ帝国で口語として使われていたギリシア語が現代ギリシア語の祖である。
文法
名詞には3つの性があり、数・格などによって語尾が変化する屈折言語である。疑問符はセミコロン(;)を用いる。動詞には不定形がなく、一人称単数現在継続形が辞書の見出し語となる。また、瞬間的な動作を表すのにアオリスト(瞬時形)という形をとり、基本形である継続形(パラタティコス)と語形が大きく異なるものも多い。
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