バブル景気
バブル景気とは日本の経済史上で1980年代後半~1990年代初頭にかけてみられた好景気である。平成景気はほぼ同義だが、その後の不況も含む場合がある。過剰な投機熱によるバブル経済によって支えられ、バブルの崩壊とともに急激に後退、その後の平成不況の引き金となった。
経緯
バブル景気の引き金になったのは1985年のプラザ合意とされている。当時、ドル高による貿易赤字に悩む米国はG5諸国と協調介入する旨の共同声明を発表した。これにより急激な円高が進行。1ドル240円前後だった為替相場が数年で1ドル120円台まで急伸した。これにより、 米国債などのドル建て資産に含み損が発生し、資金が為替リスクのない日本国内へ向かった。 円高による打撃を受けた輸出業界を救済するため金融緩和が実施された。 これにより日本国内では投機熱が加熱、特に株と土地への投資が盛んになった。なかでも、土地は必ず値上がりするという土地神話に支えられて地価は高騰し、東京23区の地価で米国全土が購入できるほどとなり、銀行はその土地を担保にして貸し付けを拡大した。また、地価高騰は地権者に含み益をもたらし、心理的に財布のヒモをゆるめる資産効果によってさらに投機をあおる効果もあった。
強引な手口の地上げ屋が社会問題となり、円高も相まってジャパンマネーによる海外資産の買い漁りも目立った。
後退
投資が活発となり景気は好調となったが、実体経済の成長を伴わない、いわゆるバブル経済であったため、やがて縮小することとなる。すなわち、投機意欲が保たれなくなると株や土地などの資産は急落し、一転して大きな含み損をもたらすこととなった。日経平均株価は1989年の大納会(12月29日)に最高値38,915円87銭を付けたのをピークに下落に転じ、地価も1991年頃から下落に転じた。いわゆるバブルの崩壊である。バブル経済時代に土地を担保に融資された債権は、地価の下落によって担保が融資額を下回る事態になった。こうして銀行が大量に抱え込むことになった不良債権は銀行の経営を悪化させ、大きなツケとして1990年代に残された。