コンゴ民主共和国
コンゴ民主共和国(こんごみんしゅきょうわこく、Democratic Republic of the Congo)は、アフリカ大陸中央部のコンゴ川流域に広がり、一部は大西洋に面する広大な国。熱帯性気候。コンゴ共和国、アンゴラ、ザンビア、タンザニア、ブルンジ、ルワンダ、ウガンダ、スーダン、中央アフリカ共和国と接する。
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| 国の標語 : なし | |||||
| 公用語 | フランス語 | ||||
| 首都 | キンシャサ | ||||
| 大統領 | ジョゼフ・カビラ | ||||
| 面積 - 総計 - 水面積率 | 世界第12位 2,345,410;km² 3.3% | ||||
| 人口 - 総計(2004年) - 人口密度 | 世界第22位 58,317,930人 25人/km² | ||||
| GDP (PPP) - 合計(2003年) - 1人当たり | 世界第81位 356億2,000万ドル 600ドル | ||||
| 独立 - 日付 | ベルギーから 1960年6月30日 | ||||
| 通貨 | コンゴ・フラン | ||||
| 時間帯 | UTC +1, +2 | ||||
| 国歌 | Debout Kongolaise | ||||
| ccTLD | .CD | ||||
| 国際電話番号 | 243 | ||||
国名
正式名称はフランス語で、République Démocratique du Congo(レピュブリック・デモクラティック・デュ・コンゴ)。
公式の英語表記は、Democratic Republic of the Congo(デモクラティック・レパブリック・オブ・ザ・コンゴ)。
日本語の表記は、コンゴ民主共和国。
1971年から1997年までは、ザイール共和国(Republic of Zaire)と呼ばれていた。
歴史
13~17世紀にかけてコンゴ王国が栄えた。1885年にベルギーの国王、レオポルド2世の私有地「コンゴ自由国(Congo Free State)」となり、1908年にはベルギー政府に所有権が移され植民地に。1950年代後半からカサブブのコンゴ人同盟、パトリス・ルムンバのコンゴ国民運動が独立闘争を開始。1960年6月30日にコンゴ共和国(のちコンゴ民主共和国に改称)として独立。カサブブは大統領、ルムンバは首相に就任。1965年11月、モブツ商務・雇用・貿易相がクーデターで実権掌握。1971年に国名をザイール共和国(Republic of Zaire)に。革命人民運動(MPR)の一党独裁制を敷いた。1990年4月、民主化要求の高まりを受け議会は11月に複数政党制への道を開く憲法修正案を可決。12月任期2期を満了したモブツ大統領が、3選を禁止した憲法条項を無視し辞任を拒否。議会は1996年4月、東部のツチ族系バニィヤムレンゲ(ムレンゲの住人の意)の追放を決議し政府軍が攻撃。バニィヤムレンゲ等の武装組織コンゴ・ザイール解放民主勢力連合(AFDL)がルワンダ、ウガンダ、ブルンジなどの支援で反撃し、1997年5月にキンシャサを制圧。モブツ政権は崩壊し、AFDLのローラン・カビラ議長が大統領に就任、国名をコンゴ民主共和国とコンゴに戻した。大統領は司法権を除く全権を自身に付与することを発表するなど、強権支配体制を敷いた。
カビラ大統領は、ツチ族系が政権を握るルワンダなどの影響力が強まることを恐れ、政権や軍部のツチ族系の排除を始めたために、1998年8月に東部を中心として内戦に発展。国内のダイヤモンドやコバルトなどの豊富な鉱産資源に関する利権も絡み、反政府勢力RCDを主にウガンダとルワンダが、政府軍を主にジンバブエ、ナミビア、アンゴラが支援。戦闘などで住民20万人以上が死亡し、紛争に伴う食糧・医薬品不足などでさらに150万人が死亡したとされる。
政府と介入5ヶ国は1999年7月、ザンビアのルサカで停戦協定に調印(ルサカ合意)。しかしカビラ大統領は国連部隊の自由な展開を拒否し、停戦は事実上無効化した。2001年1月16日、ローラン・カビラ大統領が警備員に撃たれ死亡。長男のジョセフ・カビラが26日に後任大統領に就任。
内戦の和平協定に向け、2001年10月15日からエチオピアのアディスアベバで対話が実現。ルワンダが支持するコンゴ民主連合(RCD)、ウガンダが支持するコンゴ解放運動(MLC)、そしてRCDから分離したコンゴ民主連合解放運動(RCD-ML)の主要反政府勢力3組織などが、協議継続などをうたった共同声明に調印した。
2002年2月25日、内戦終結を目指す国内各派の対話がボツワナのマシーレ前大統領を調停役として、南アフリカのサンシティで再開されたが決裂。対話は南アフリカのプレトリアで、セネガルのニアセ前首相の仲介で再開され、反政府勢力はRCDとMLCが参加した。依然として内戦状態は続いており、民族対立とも相まって東部は虐殺・略奪・レイプの頻発する一種の無法地帯となっている。
2003年、北部地方にエボラ出血熱が発生。死者100名以上を出す大流行となった。また、同時に同国の豊かな自然の象徴であるゴリラへの感染が拡大。2/3のゴリラが死亡したと伝えられている。種の存続など、生態系への影響も心配されている。
政治
政治体制:暫定政権。
大統領:ジョセフ・カビラ(Joseph Kabila、2001年1月26日)
内閣:閣僚は大統領が任免。首相職なし
議会:立法・憲法制定会議(300議席)が暫定議会として機能
政党:ADFLの後身人民権力委員会(CPP)のほか、旧モブツ政権下の独裁政党革命人民運動(MPR)、そしてキリスト教民主社会党(PDSC)など
地方行政区分
地理
主要都市:ルブンバシ、ンブジ・マイ、キサンガニ、カナンガ
経済
銅、コバルト、ダイヤモンドなどを産する世界トップクラスの鉱産資源国。輸出の約9割を鉱産資源が占める。コバルトの埋蔵量は世界の約65%。しかし1990年代の内戦などで経済は壊滅状態で、世界最貧国の1つ。
国民
言語:公用語はフランス語。その他に(キ)スワヒリ語、(キ)コンゴ語、(リ)ンガラ語、(チ)ルバ語など多数
宗教:キリスト教のカトリックが約半数。プロテスタントが2割。イスラム教が1割
文化
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
内戦について
コンゴ動乱
関連項目
コンゴ民主共和国関係記事の一覧
外部リンク
公式
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その他
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