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周公旦

周公旦しゅうこう・たん)は、中国王朝の初代武王の弟にあたる。本名は姫旦であり、周公とは一種の称号。太公望や召公奭と並び、周建国の功臣の一人である。

兄である武王の崩御後は太宰(たいさい 宰相に相当)として幼い成王を補佐し、周の基盤を確固たるものとした。 のち、国のとして封ぜられるも、成王の後見人としての役目があることから、魯に向かうことはなく、息子の伯禽(はくきん)にその支配を委ねた。

礼学の基礎を形作った人物でもあり、周代の儀式・儀礼について書かれた周礼(しゅらい)を著したとされる。

なお、春秋時代儒学を啓いた孔子は魯の出身であり、周公旦を理想の聖人としている。

近年の研究では、周公旦は、武王の弟ではなく、周公家(周王家の分家。我が国の水戸徳川家に相当か?)の当主として、成王の補佐を行ったのではないかとの指摘がなされている。


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