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平安時代

平安時代へいあんじだい)は日本歴史的時代区分の一つであり、794年に桓武天皇平安京を移してから、1192年に源頼朝征夷大将軍に就任するまでの約400年間を指す。一つ前の時代は奈良時代であり、鎌倉時代へと続く。前時代に律令政治が華開き、この時代の初期には天皇の親政が行われるが、時代が進むにしたがって、貴族や寺社が勢力を増して専横政治を始め、中央・地方ともに腐敗が横行した。民衆は、ほとんど顧みられなかったといってもいいほどであった。政治に不満を持つ下級貴族の反乱(平将門、藤原純友による承平天慶の乱など)が起こり、盗賊が横行する時代になっていった。それらを取り締まって政治勢力を増したのが武士階級であった。貴族に代わって武士の政治がが始まり、次の時代へと遷ってゆくのである。

桓武・光仁朝(天皇親政)の政治

桓武朝(781年~806年)以下数代が天皇が直接に政治を行う時代だった。初期は奈良時代以来の律令に基づく政治が行われていたが、次第に時代の趨勢と合わなくなっていったため、律令にはない官(令外の官)を設けることで対処した。関白はその典型である。光仁桓武朝においては、蝦夷に対する征討が執拗に繰り返された。
仁明朝(833年~850年)以降、天皇との外戚関係を基礎とした藤原氏が力を強め、これに源氏姓などを賜って臣下に下った皇族出身の貴族たちを加えた上流貴族によって政治が行われた。中央貴族や寺社の私領的性格が強い荘園が増え、地方政治を圧迫するようになる。受領と称される国司の中には収奪を事とする者も現れ,地方政治は次第に乱れを見せていった。

武士の台頭

地方政治の乱れに伴い、地方に下った皇族貴族が貴種として武士の頭となって台頭した。彼らは中央の権力者と結びつくことで、中央政界に進出するようになる。しかし当初は警護者、軍事専門家としての低い役割であった。

院政と平氏の政治

末期は上皇が子または孫である天皇の後見として政務をとる院政を行った。権力を集中した上皇と結びつくことにより、源氏及び平氏が二大勢力として登場し、平清盛の出現により遂に政権を掌握することになった。

しかし,平氏政権(1156年~1185年)はそれ以前の貴族政治を半ば踏襲した過渡的な性格の政権であったため、それに不満を抱いた武士たちが平氏への対抗勢力として源氏の下にまとまるようになった。源平合戦により平氏政権が倒れ、東国に源頼朝が武家政権を確立したことにより幕を閉じる。

国風文化

この間に遣唐使が途絶え(894年)、中国文化の流入が少なくなったため、独自の国風文化が花開いた。

この時代の人物

平安時代の人物一覧

史料

日本後紀 • 続日本後紀 • 日本文徳天皇実録 • 日本三代実録日本紀略栄花物語大鏡 • 将門記 • 陸奥話記 • 保元物語 • 平治物語


奈良時代 - 平安時代 - 鎌倉時代




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