平和主義
平和主義(へいわしゅぎ)とは、国家や個人・団体の行動において、暴力や武力によって目的を達成することを否定し、暴力や武力以外の手段・方法によって目的を達成しようとする考え方を指す。また、暴力・武力によってしか目的を達成できない場合には、その目的の達成そのものを抛棄する考え方を指すこともある。
第一次世界大戦後、イギリスをはじめとするヨーロッパ列強諸国では、深刻な被害をもたらした戦争への反省や厭戦感を背景に、平和主義にもとづく議論や行動が盛んになった。この潮流を背景に、不戦条約(ケロッグ=ブリアン条約、または締結地に因んでパリ条約、パリ不戦条約とも呼ばれる)などが締結された。
平和主義が戦争のない平時において唱えられるときには、平和である現在の状態の永続を希求する面があるため、現状維持的な姿勢や行動にむすびつく傾向があり、その点で、平和主義は現状に不満を持つ勢力から批判され、攻撃されるという力学がはたらく。
日本国憲法との関連
日本国憲法では、前文および第9条で平和主義を掲げており、国民主権、基本的人権の尊重とならぶ三大原則の一つとなっている。
しかし、日本国憲法は、立憲民主主義のひとつの具体化と見ることもできる。いわゆる形式的な意味の憲法と実質的な意味の憲法の区別である。立憲民主主義は、そもそも多元的な価値を事実として前提し、(万人の万人による闘争を超えた)善と善との衝突(宗教戦争)を繰り広げるよりは「まし」な生活を送ろうという思想の伝統である。そのエッセンスである社会契約説は、今日の思想家にも影響を与え続けている。さて、「まし」な生を守る、そのための工夫として、立憲主義は、公と私の線引きを行う。この線引きをブレさせることは、宗教戦争への回帰を意味することになろう。日本の平和主義は、立憲主義に基づくものである。したがって、憲法九条も立憲主義に基づいて解釈されるべきとされる。憲法九条を文言通りに解釈し、何が何でも平和!という絶対平和主義に立った場合、諸外国にとって、日本は決して反撃をしない国だと思われる。すると、侵略者となることが合理的であるかのように見える。このことは、憲法学者の長谷部恭男によって指摘されている。この観点からすると、最低限の自衛力は各国と抑止的な関係に立つために今のところ必要である。重要なのは、やられたらやり返すという「ポーズ」であるとされる。しかし、このことは最終到達点ではない。そして、自衛隊が認められるべきか否かはまた別の話である。
参照
社会契約 ホッブズ ロック ルソー リベラリズム(自由主義) ジョン・ロールズ(『a theory of justice』『正義論』) ロバート・ノージック(『アナーキー・国家・ユートピア』リバタリアニズム自由至上主義) ロナルド・ドゥオーキン(『権利論』『法の帝国』『平等とは何か』)
平和を希求するというよりも、主義の堅持が自己目的化している場合は「平和主義主義」などと皮肉られることがある。
平和主義を批判する者からは宥和政策と混同される場合もある。
関連項目
憲法 非戦論 平和 平和主義者の一覧 反戦 反核
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