大和郡山市
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大和郡山市(やまとこおりやまし)は、奈良県の市の一つで、古くは郡山と呼ばれ、1954年1月1日の郡山町の市制施行時に福島県の郡山市と区別するために「大和郡山市」と定められた。
| 大和郡山市のデータ | |
| 大和郡山市の位置 | |
| 面積 | 42.68km2 |
| 総人口 | 94,910人 (2003年10月31日) |
| 市の花 | キク,ヤマザクラ |
| 市の木 | クロマツ,シダレヤナギ |
| 市の鳥 | なし |
地理
奈良盆地北部に位置し、佐保川や富雄川が南流している。市域は概ね平坦だが、富雄川以西では矢田丘陵が広がるため起伏が大きくなっている。また市内には池が数多く見られるが、これはため池や金魚の養殖池として用いられていたものである。古くからの市街地は近鉄郡山駅やJR郡山駅周辺に広がり、現在でも細かな路地が入り組んでいる。佐保川の東側の稗田集落は、中世的な環濠集落の姿を留めていることで知られている。
歴史
古代の大和国添下郡村国郷、矢田郷、添上郡大宅郷、平群郡額田郷の地である。延喜式内の矢田坐久志玉比古神社(矢田町)や菅田神社(八条町)、賣太神社(稗田)が鎮座する。
都市の形が形成されたのは、戦国時代末期に筒井順慶が郡山城に拠り、その城下町が発達してからである。順慶亡き後1585年に豊臣秀長(当時羽柴秀長)が郡山城に入り、郡山はこの時期大和国の中心都市として栄えた。
江戸時代に入ってからは一時奈良奉行所の管轄となったが荒廃する。大坂夏の陣後に同戦役で活躍した水野勝成が入り、以後松平忠明に始まる松平家、本多政勝に始まる本多家と続き、享保9年(1724年)に甲府から移ってきた柳沢吉里に始まる柳沢(柳澤)家が明治維新まで郡山藩藩主として一帯を統治した。また片桐且元または片桐貞隆に始まる片桐家が小泉城に入り、小泉藩(片桐藩)藩主となった。
藩籍奉還・廃藩置県に始まる紆余曲折を経て、1887年に奈良県が再置された後、1889年の町村制実施で8つの町村(郡山町、筒井村、矢田村、本多村、平端村、治道村、平和村、片桐村)が誕生。
行政
市長 上田清
県の施設
中央卸売市場(筒井町) 流域下水道事務所(額田部南町) フラワーセンター(同上) 民俗博物館(矢田町) 郡山土木事務所(北郡山町) 郡山警察署(杉町)
経済
産業
金魚
当市では、江戸時代より武士の副業として始められた金魚の養殖が大変に盛んであり、輸出もされている。山形県の庄内金魚と市場を大きく二分するほどのシェアを誇る。しかし最近では後継者不足や市場の低迷から、廃業して養殖池を宅地などに転用する業者が相次いでおり、かつては市内のあちこちに見られた養殖池は年々減っている。
近年、市の後援や地元の業界団体などにより「全国金魚すくい選手権大会」[1]などが開催されるなど、市場の活性化に向けた様々な試みが行われている。
昭和工業団地
当市南部の昭和地区には、昭和40年代頃から多くのメーカーの工場が誘致され、現地では昭和工業団地として知られる。同じく南部を東西に横切る西名阪自動車道とのアクセスがよい。
姉妹都市・提携都市
日本国内
甲府市(山梨県) 1992年(平成4年)1月22日提携
日本国外
なし
地域
教育
隣接する自治体
奈良県奈良市、天理市、生駒市、生駒郡安堵町、斑鳩町、平群町、磯城郡川西町、
交通
鉄道
西日本旅客鉄道 関西本線 郡山駅、大和小泉駅 近畿日本鉄道 近鉄橿原線 九条駅、近鉄郡山駅、筒井駅、平端駅、ファミリー公園前駅
道路
西名阪自動車道 京奈和自動車道(工事中)
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
寺院・神社
矢田寺(あじさいで有名) 松尾寺 賣太神社
レジャー
県立大和民俗公園 県立矢田自然公園
観光
県立民俗博物館 郡山城跡(春は桜が有名)
祭り
全国金魚すくい選手権大会(毎年8月)
大和郡山市出身の有名人
筒井順慶(戦国武将・1549~1584) 福井謙一(1981年ノーベル化学賞受賞者・1918~1998) 井筒和幸、映画監督 ジッタリンジン(「夏祭り」「プレゼント」などのヒット曲を持つバンド)