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儒教

儒教(じゅきょう)とは、紀元前の中国に興り、東アジア各国で2000年以上に渡って強い影響力を持つ思考・信仰の体系である。もともとは諸子百家に属した学問という側面から、儒家儒学ともいう。

儒教の創始者は、春秋時代孔子である。中国では現在においても、孔子を崇敬する人は多い。中国の各地に孔子を祭る廟がある。日本でも、江戸時代に、幕府が儒教(儒教の中でも、特に朱子学)を学問の中心と位置付けた。そのため、儒教(朱子学)を講義した幕府や各藩の学校では孔子を祭る廟が建てられ崇敬された。

なお、儒教の起源についての推測説で、東洋学者の白川静は、紀元前、アジア一帯に流布していたシャーマニズムがその母体と考える。 そのシャーマニズムから祖先崇拝の要素を取り出して礼教化し、仁愛の理念をもって、当時戦争などによって解体していた古代社会の道徳的・宗教的再編を試みたのが孔子であると主張する。

儒教の教え

人を思いやること。孔子以前には、「おもねること」という意味では使われていた。「論語」の中では、さまざまな説明がなされている。孔子は仁を最高の徳目としていた。

仁を具体的な行動として、表したもの。もともとは宗教儀礼でのタブーや伝統的な習慣・制度を意味していた。のちに、人間の上下関係で守るべきことを意味するようになった。

日本における展開と変容

日本へ体系的な儒教が伝わったのは、513年百済より五経博士が来日して以降のことである。これ以前にも、王仁が『論語』を持って渡来するなどしており、概ね5世紀頃には伝来していたものと考えられている。

江戸時代

江戸時代になると、それまでの僧侶らが学ぶたしなみとしての儒教から独立させ、一つの学問として形成する動きがでた(儒仏分離)。また中国から、朱子学陽明学が伝来し、朱子学は幕府によって封建支配のための思想として採用された。儒仏が分離する一方、山崎闇斎によって神儒一致が唱えられ、垂加神道などの儒教神道が生まれた。また、日本の儒教の大きな特色として、朱子学陽明学などの後世の解釈によらず、論語などの経典を直接実証的に研究する聖学(古学)、古義学、古文辞学などの古学が、それぞれ山鹿素行伊藤仁斎荻生徂徠によって始められた。

江戸時代を通して儒教は日本に定着したが、そのことはやがて直接尊皇攘夷思想に結びつき、水戸学などにも影響し、明治維新への原動力の一つとなった。

近代

封建時代は終わったものの教育勅語などで儒教道徳は奨励され、近代天皇制のもとで強調された。戦後、欧米思想の流入などにより弱まったが、現代でも依然として日本人の間に儒教は根付いている。



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