天保暦
天保暦(てんぽうれき)は、かつて日本において使用された太陰太陽暦の暦法である。正式には天保壬寅元暦(てんぽうじんいんげんれき)と言う。天保15年(弘化元年、1844年)にそれまでの寛政暦から改暦され、明治5年(1872年)末に太陽暦が採用されるまでの29年間用いられた。
渋川景佑らが、西洋天文学の成果を取り入れて完成させた暦で、実施された太陰太陽暦としてはそれまでで最も精密なものであるとして評価されている。
それまでは、朔や二十四節気を1年間を等分して計算する「平朔法」「平気法」が使用されていた。天保暦では、太陽や月の位置を計算し、同一方角にくる瞬間を朔とする「定朔法」、天球上の太陽の軌道を24等分して二十四節気を求める「定気法」を採用した。
しかし、定気法の採用については、置閏法(閏月の置き方)がかえって複雑になったとの批判がある。これにより、2033年の日附がおかしくなるという問題(定義通り運用すると九月の次が十一月になってしまう)が報告されている。
現在、一般に旧暦と呼ばれているのは、この天保暦を元にした暦である。