宝暦暦
宝暦暦(ほうりゃくれき、ほうれきれき)とは、かつて日本で使われていた太陰太陽暦の暦法である。正式には宝暦甲戌元暦(ほうりゃくこうじゅつげんれき)という。宝暦五年(1755年)に貞享暦から改暦され、43年間使用された後、寛政十年(1798年)に寛政暦に改暦された。
西洋天文学を取り入れた暦法を採用したいという将軍徳川吉宗の意向を受け、改暦の準備が始められた。しかし、幕府天文方に実力がなかったため、朝廷の陰陽頭・土御門泰邦に主導権を奪われてしまった。その結果、完成した暦法は貞享暦よりも劣ったものとなり、麻田剛立により宝暦十三年(1763年)九月一日の日食が暦に載っていないことが指摘されるなど不具合が多かったため、明和八年(1771年)には修正が加えられることとなった。