小沢一郎
小沢 一郎(おざわ いちろう、1942年(昭和17)5月24日 - )は、日本の政治家。岩手県水沢市出身。
| 生年月日 | 1942年5月24日 |
| 出身地 | 岩手県水沢市 |
| 最終学歴 | 慶應義塾大学経済学部 |
| 前職 | (大学院生) |
| 役職 | 元・自治大臣 (第2次中曽根内閣) |
| 当選回数 | 12回 |
| 世襲の有無 | 二世 小沢佐重喜 |
| 選挙区 | 岩手44区 |
| 所属党派 | (自由民主党→) (新生党→) (新進党→) (自由党→) 民主党 |
| 党の役職 | - |
| 会館号室 | 衆・第一議員会館605号室 |
| ウェブサイト | http://www.ozawa-ichiro.jp/ |
プロフィール
父、小沢佐重喜は、弁護士出身で、いわゆる「吉田学校」の一員。吉田茂の側近として、建設大臣、郵政大臣を歴任。保守合同後、岸信介内閣時に衆議院安保特別委員長として日米相互安全保障条約の改定に力を注いだ。慶応大学卒業後、弁護士を目指し日本大学大学院に進学するが、父佐重喜の死去に伴い1969年の衆議院総選挙に26歳で出馬、当選する。この総選挙を自民党幹事長として指揮したのが田中角栄で、以後、田中の秘蔵っ子として薫陶を受ける。自民党総務局長、衆議院議院運営委員長、第2次中曽根康弘内閣で自治大臣兼国家公安委員長を歴任する。この間、竹下登、金丸信らと「創世会」を結成し、田中派の大部分を竹下派に衣替えする。
竹下内閣では、内閣官房副長官(政務)に就任し、小渕恵三官房長官を補佐し、日米構造協議、消費税導入、昭和天皇の大喪の礼にあたった。リクルート事件後、成立した海部俊樹内閣では、歴代最年少の47歳で自由民主党幹事長に就任。自由主義体制の維持を名目に経団連に圧力をかけ、選挙資金300億円を集めるなど「豪腕」と称された。 湾岸戦争に関連し公明党の協力を得るため東京都知事選挙で、敗北した責任をとって幹事長を辞任。直後に狭心症で倒れるが、竹下派会長代行に就任。姻戚関係にある竹下登元首相、金丸信と共に「金竹小(こんちくしょう)」と称される。小沢調査会を作り、国際貢献に関する答申を取りまとめる。 海部内閣が政治改革を巡り総辞職を余儀なくされると、竹下派をまとめ後継総裁候補に宮沢喜一を擁立するが、年長者を自分の事務所に呼びつけ面接したと権勢と姿勢が傲慢であると非難される。
東京佐川急便事件により金丸副総裁が議員辞職したことを受けて、竹下派の後継会長をめぐり羽田孜を擁立し、竹下派は分裂。羽田、渡部恒三、奥田敬和らと改革フォーラム21を旗揚げする。 宮沢改造内閣では、羽田派は冷遇され経済企画庁長官の船田元と科学技術庁長官の中島衛の2名が入閣しただけであった。その上、自民党幹事長には、この時点で小沢の不倶戴天の敵ともいうべき存在になっていた小渕派の梶山静六が就任したことにより、羽田派は完全に反主流派に転落してしまった。小沢がこの苦境を覆すために取った戦略は、政治改革の主張を前面に立てて主流派を攻撃し世論の支持を得るというものであった。小沢や羽田、政治改革を求める若手議員らは、小選挙区比例代表並立制を軸とした改革案の実行を主張し、自らを改革派と、反対派を守旧派と見なし対立が激化していった。おりしも、宮沢首相は、政治改革の実現を強くアピールするも、実行力に欠き、政治責任を激しく追及される。 このような中、野党から宮沢内閣不信任案が上程され、6月18日、羽田派等39名が賛成、欠席16名の造反で宮沢内閣不信任案は255対220で可決した。衆議院は解散され、総選挙を向かえる。 6月21日には、武村正義、田中秀征らが自民党から離党、新党さきがけ結成した。 そして羽田派も離党を決断し、6月23日、新生党を結成した。小沢は代表幹事に就任するが、結党を発表したときに会場にいなかったために羽田党首の陰に隠れて暗躍している等の批判を受けた。 ともあれ、7月18日、第40回総選挙において自民党は過半数割れ、新生党、日本新党、新党さきがけの新党は躍進する一方、社会党は惨敗した。宮沢首相は退陣を表明し、後任の自民党総裁に河野洋平が選出される。 小沢は、いち早く日本新党の細川護煕代表に接近し、自民党も秋波を送ったが、8月9日、八党連立の細川護煕内閣が成立した。 小沢は幹事長・書記長からなる連立与党代表者会議を、公明党書記長の市川雄一と切り回し、これに民社党書記長(後、委員長)の米沢隆を加え連立与党の実力者として君臨する。
1994年(平成6年)12月に新進党を結成。幹事長に就任する。 1995年(平成7年)12月、新進党党首に選出された。 1998年(平成10年)1月、自由党を結成し、党首となる。 2003年(平成15年)9月、民主党に合流した。
2004年5月、年金未納問題で党代表を辞任した菅直人の後任として無投票で代表に選出される予定だったが、自身にも国民年金が強制加入制度になる1986年以前に未加入だったことが判明したことを理由に、代表への出馬を辞退した。
関連項目
小石川高等学校
文献
著書
1993年5月 『日本改造計画』講談社、ISBN 4062064820 1996年4月 『語る』文藝春秋、ISBN 4163502106 2003年11月 『政権交代のシナリオ 「新しい日本」をつくるために』(菅直人との共著)、PHP研究所、ISBN 4569631908
関連文献
朝日新聞政治部編『小沢一郎探検』朝日新聞社、1991年、ISBN 4022563435 伊勢暁史著『小沢一郎の腕力ポイント読み』明日香出版社、1994年、ISBN 4870307081 板垣英憲著『平成動乱 小沢一郎の野望』ディーエイチシー、1993年、ISBN 4887240023 板垣英憲著『小沢一郎総理大臣待望論』ジャパン・ミックス、1994年、ISBN 4883211541 板垣英憲著『小沢一郎の時代』同文書院、1996年、ISBN 4810380300 板垣英憲著『小沢一郎の大勝負 竜馬か!?悪魔か!?』リヨン社、2003年、ISBN 4576031910 板垣英憲著『日本変革 菅直人+小沢一郎は政治をどう変えるのか』ベストセラーズ、2003年、ISBN 4584159769 上之二郎著『どっこい小沢一郎は生きている 全発言で探る、この男の次の一手』ベストセラーズ、1994年、ISBN 4584191131 奥野修司著『小沢一郎 覇者の履歴書』データハウス、1994年、ISBN 4887182457 小田甫著『小沢一郎・全人像』行研出版局、1992年、ISBN 4905786908 蒲生輝著『小沢一郎真実の叫び これだけはいいたい 小沢は日本の未来に危惧を抱き、平和な国と社会のために改革を図る』三心堂出版社、1994年、ISBN 4915620778 蒲生輝著『小沢一郎日本国崩壊をすくう』三心堂出版社、1994年、ISBN 4915620956 久慈力著『小沢一郎 その「恐怖支配」の実態』マルジュ社、1996年、ISBN 4896161017 久慈力、横田一著『政治が歪める公共事業 小沢一郎ゼネコン政治の構造』緑風出版、1996年、ISBN 4846196143 久慈力著『盛岡大学疑惑を追及する 教育を食い物にする紳士たち』新泉社、1997年、ISBN 4787797158 小板橋二郎著『小沢一郎の日本vs.武村正義の日本 あなたはどちらの国に住みたいか この2人がわかれば日本の将来が見えてくる』こう書房、1994年、ISBN 4769605080 小林吉弥著『平成名勝負物語 橋本竜太郎vsvs小沢一郎』勁文社、1990年、ISBN 4766912497 後藤寿一著『池田大作vs小沢一郎 どうなる日本どうなる両雄の展開』銀河出版、1994年、ISBN 4906436412 佐藤淳一著『小沢一郎の秘密』データハウス、1993年、ISBN 4887181698 新党20代議員の会編著『「小沢一郎日本改造計画」への挑戦状! 20代議員の描くキラリと光る改造計画』マネジメント社、1994年、ISBN 4837803431 立尾良二著『小沢ウオッチング』東京新聞出版局、1995年、ISBN 4808305216 本沢二郎著『小沢一郎・日本改造計画の危険性』エール出版社、1993年、ISBN 4753912345 本沢二郎著『河野洋平と小沢一郎の大戦略 宿命のライバル』総合法令、1994年、ISBN 4893463829 松沢成文著『拝啓小沢一郎党首殿』ごま書房、1997年、ISBN 4341017748 松田賢弥著『闇将軍 野中広務と小沢一郎の正体』講談社、2003年、ISBN 4062117061 ヤコブ・モルガン著、忍野昭太郎訳『悪魔の使者小沢一郎 あの強腕を裏で操るのは何者か 日本改造なんてとんでもない』第一企画出版、1994年、ISBN 4887190166 竜崎孝著『小沢一郎の逆襲 : ベールに包まれた政界再編のシナリオを読む!』サンドケー出版局、1993年、ISBN 491493809X 渡辺乾介著『あの人 ひとつの小沢一郎論』飛鳥新社、1993年、ISBN 4870311291