土佐日記
土佐日記(とさにっき)は、紀貫之が書いた日記。土左日記という表記もある。成立は935年頃と言われる。土佐の国の国司だった作者が、任期を終えて京へ戻るまでの55日間の紀行を、女の作者を装って平仮名で綴った。この時代男性の日記は漢文で書くのが当たり前であり、そのため、紀貫之に従った女性と言う設定で書かれた。
日本文学史上、おそらく初めての日記文学であったが、現代の日記というより紀行に近い要素ももっていた。その後の平仮名による表現、特に女流文学の発達に大きな影響を与え、『蜻蛉日記』『和泉式部日記』『紫式部日記』『更級日記』などの日記や随筆が後に続いた。藤原定家らによる写本が有名である。