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南方熊楠

南方 熊楠みなかた くまぐす1867年5月18日慶応334月15日) - 1941年12月29日)は博物学者民俗学者

大学予備門中退アメリカイギリスなどで独学で動植物学などを研究。一時は大英博物館で図書目録編纂係として働きながら考古学人類学などを学ぶ。動物の特徴と植物の特徴を併せ持つ粘菌の研究などをしていた。主著『十二支考』。

一時、生活費を稼ぐために、カリブやメキシコを回って働いていたらしい。

その学風は関連性のあるもの全てを知ろうとするものであり、土蔵に篭っていそしんだ研究からは、曼荼羅のような知識の網が産まれた。しかし全般的に考察は粗雑であり、学問的に純化されていない。むしろその生き方の方が後世の人々の関心をかったようである。

自然保護活動の先駆とも言われる神社合祀反対運動などを起こした。(熊野古道が残る所以となった)

また、江戸川乱歩と共に衆道に走ったらしい。

外部リンク

南方熊楠記念館和歌山県田辺市文化振興課市民読本南方熊楠南方熊楠 作品 (青空文庫)



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