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史的イエス

史的イエス(英:historical Jesus)とは、いわゆるイエス・キリストを、史的面で学術追求した人物像である。信仰上のイエス像等は、他の観点からみたイエス像の項を参照のこと。

近代に入り、一方で科学的精神や歴史主義の興隆の中から、また他方で後代に形成された伝承を取り除いてキリスト教を純化しようとする一部教派の宗教的思惑から、より史的な観点からイエスを見ていこうとする動きが西ヨーロッパでおこり、史的イエス研究が盛んになった。

しかしイエスの実在を確証する同時代のキリスト教文書以外の一次史料は、現在も未発見であるため、その研究にはおのずと限界がある。またこの史的イエスの観点は多くのキリスト教徒が受け入れてはおらず、むしろ少数派の考え方であることを留意しておく必要がある。

「イエス」と「キリスト」

「イエス」と「キリスト」は、キリスト教成立以前の時代には、別個の概念であった。

日本語の「イエス」に相当するギリシア語のイエースース(Ιησους Iēsous)は当時のユダヤ社会では普通に見られた固有名である。イエースースはアラム語イェーシュア(ישוע Yeshua')(ヘブライ語のイェホーシューア יהושע Yehoshua'。日本ではヨシュアと訳す)のギリシア語音訳である。旧約聖書にも「ヌンの子ヨシュア」および「シラの子イエス」などの名前が見え、また同時代資料にもナザレのイエス以外の何人かの「イエス」についての言及がある。

これに対し、「キリスト」(Χριστος Christos)はユダヤ教の王・祭司、転じて救済者を表すメシア(原義・膏注がれた者)をギリシア語に意訳した語で、本来称号である。 (詳細は「イエス・キリスト」「キリスト」の項参照)。

従って、両者が結合した「イエス・キリスト」とは「救済者としてのイエス」を意味することとなる。これは厳密にはキリストの救済を信じる信者にのみ意味をなす言葉である。 しかしながらキリスト教の成立と並行して「キリスト」は「イエス」の別称として用いられており、キリスト教徒だけでなく、非キリスト教徒であるタキトゥススエトニウスら古代ローマの歴史家たちは、「キリスト」に相当するラテン語名をナザレのイエスと同義の固有名として用いている。

なお西方教会ではイエスの神性が強く意識されたためか、イエスおよびキリストが個人名に用いられることは少ない。これに対して東方教会、特に地中海世界に属するギリシアシリアなどでは「イエースース」(イーサー)や「クリストス」はごく普通に個人名として用いられる。

史的イエス像の形成

イエスの史実性についての議論

19世紀に行われた史的イエスを福音書の言行から復元する試みは、20世紀前半にかけて、聖書内に描かれているイエス像が現実性を欠くことや、また、福音書や外典のイエス伝が、大部分で相互に矛盾するといったことを理由に、いったんはイエスの実在を否定するまでに到った。

一方で初期キリスト教の形成は、数々の殉教者を出した教団活動のその始点に、教団指導者への深い帰依を想定しなければ理解し難い。このため、今日では、初期キリスト教学・古典文献学・歴史学などでは、ほぼ誰もが‐一次史料を欠くにもかかわらず‐イエスの実在に高い蓋然性を認めている。

新約聖書および他のキリスト教文書から復元されるイエス像は

• 「ナザレのイエス」と呼ばれるユダヤ教徒の男性であり、洗礼者ヨハネの教団となんらかの関わりがあった • ガリラヤ周辺で、少なくとも1年弱、長くても3年弱の期間、宗教活動をおこなった • ローマ皇帝ティベリウス治下、ポンティウス・ピラトゥスが属州ユダヤの総督だったとき(26-36年に処刑された

などである。

史料

イエスの実在を確証する同時代のキリスト教文書以外の一次史料は、現在も未発見である。

イエスの事績を記述するキリスト教文書(聖書)についても、 現在残されているイエスに言及する最古の史料は新約聖書内のパウロの真正書簡であるが、この筆者のパウロは生前のイエスを直接には会っていない。(パウロが会ったのは死して「復活」後のキリストという)。 他の新約の全文書については、古来イエスの直弟子たち、使徒マタイ、使徒ヨハネ、使徒ペテロなどに着せられていた文書群は、より後の1世紀後半以降に成立したと推定されるため、これらの文書の筆者もイエスを直接には知らないはずである。

キリスト教外の文書では、フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』やタキトゥスの『年代記』等のごく一部にイエスに関する記述があるが、前者は後代の加筆を疑われており、後者は同時代史料でないばかりか、キリスト教徒(「クレストス」を開祖とする宗教)に言及したものであり、イエスの実在性の史料とするには問題を含む。

史的イエスの生涯

イエスの生年

一般に、イエスの生年は紀元前7~4年頃とされているが、これはマタイによる福音書の、イエスがヘロデ王の治世(紀元前37年~紀元前4年)の末期に生まれたからという記述から推定されているものである(2章。しかし、マタイのこの伝承を事実とする積極的な根拠はない。キリストの降誕参照)。父はヨセフ、母はミリアム(マリア)という名前であったことは、エルサレム教団にイエスの親族がいたことを思えば、信用しても良いのかもしれない。イエスの幼少時代はルカのみが伝えるが、これは史実としては認められていない。イエスは、アラム語の話者であったと言われている。

洗礼者ヨハネとの関係

四福音書のいずれにも、洗礼者ヨハネに洗礼(バプテスマ)を受けたことが記述され、また何度もヨハネに対する優位が強調されていることから、イエスは当初ヨハネの運動に参加しており、その弟子であった可能性は高い。ヨハネは世捨て人のような存在で、その隠者的な生活から、エッセネ派との関係が指摘される。異なるのは、エッセネ派が完全に民衆から離れた生活を送っていたのに対し、ヨハネは民衆に説教をしていたということである。

イエスはヨハネともさらに異なる。エッセネ派の出身と考える学者もいるが、賛同は得られていない。ヨハネはヨルダン川のほとりに留まり、そこを訪れたものに対して説教をしたが、イエスは自分の足で方々を歩き回り、教えと癒しをしてまわったのである。加えて、生前のイエスのおこないに対する悪評を伝えている可能性のある一句、「大食で大酒飲」(マタイ 11:19)はエッセネ派の厳格主義と大きく異なっているといえる。

イエスの没年

イエスの没年は、当時のユダヤ総督ポンテオ・ピラト(ポンティウス・ピラトゥス)の在位が、紀元26~36年であること、それに前述したイエスの生年の上限が紀元前4年であること、またイエスが30歳ごろに宣教を始めたというルカの記述(3章 23節)等から総合的に判断して、紀元30年前後と考えられる。伝道の期間は1~3年ほどという、非常に短い期間だったと思われる。十字架刑であったことも、四福音書内の伝承の性格から見て、極めて確度が高いといえるようである。

思想

史的イエスの思想を考えるには、福音書中に記述されているイエスが語ったとされる言葉から、真正なイエス語録を抜き出す作業が必要である。19世紀にはマルコによる福音書に基づいて復元が可能であるとも期待されたが、研究の進展は、福音書がイエス語録と筆者の神学的立場の容易にほどきがたい統合であることを示した。とくにイエス語録と発言の状況の組み合わせは、実際の状況より多く福音書著述時の状況を反映しているといわれる。したがって真正なイエス語録の復元は難しく、復元の試みはいずれも推量の域を出ない状態にある。

比較的近年までは、イエスの思想の核を当時のユダヤ教批判ならびに終末論と捉える解釈が多数派であった。即ち、次のようなものである ── いまや、神の国の到来は近い。(マタイ 4:17)その時、人は裁かれ、善人は神の国に入り、悪人はゲヘナ(地獄)に処される。(マタイ 10:28)お前たちは神の国に入れるよう、善く生きよ ── この場合、イエスの「敵を愛せ」(マタイ 5:44)であるとか「人を裁くな」(ルカ 6:37)といった倫理的な教えは、この天の国へ入ることを目的とする、その具体的方法・手段と考えられ、またファリサイ派に代表される既成宗教としてのユダヤ教はこの教えから逸れたものとしてイエスの教えと対置される。

一方、1980年代以降、福音書の原資料として想定されるQ資料仮説に基づき、終末論をイエスの思想の核とは考えず、イエスをキュニコス学派的な知恵の教師とみなす研究者も現れ、ある程度の数を占めるようになった。


他の観点からみたイエス像

歴史的観点からみた信仰のイエス像と歴史的受容は、 • 新約聖書とイエスの歴史的受容 信仰の対象として、ナザレのイエスがいかに信じられ、描写されてきたかのイエス像は、 • 救世主イエス・キリスト

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