室町時代
室町時代(むろまちじだい、1338年 - 1573年)は、初代将軍足利尊氏が1338年、京都に幕府を開いてから、15代将軍足利義昭が1573年に織田信長によって追放されるまでの期間を指す。
3代将軍足利義満が京都室町に花の御所を造営し歴代将軍がそこで幕政をみたことから、その幕府を室町幕府、その時代を室町時代と呼ぶようになった。
室町時代は、終始、戦乱と無秩序に支配され続けたが、鎌倉時代以前には見られない、出自不明の農民・商人層の社会進出を可能とし、日本史上、初めて人間の顔が見える人物を登場させた時代でもある。
変遷
室町時代は一般的に旧勢力の没落と新勢力の興隆の時代として捉えることができる(→下克上)。その初期、古代的な天皇親政を理想とする後醍醐天皇と現状重視の尊氏を中心とした勢力が対立した(南北朝時代)。その後、義満の時代に国内は安定したものの、応仁の乱をへて全国動乱の時代(戦国時代)を迎え荘園制度が崩壊して新秩序が成立した。 足利尊氏時代 成立 1338年、足利尊氏が北朝の光明天皇より征夷大将軍に任じられる。 観応の擾乱 足利義満時代 南北朝合一 勘合貿易 明徳の乱 応永の乱 足利義教時代 嘉吉の乱 応仁の乱 山城の国一揆 足利義政の銀閣造営 終焉 織田信長が15代将軍である足利義昭を京より追放
政治
中央政治 室町幕府は守護大名による連合政権であり、幕政は原則的に合議制であって将軍と言えども守護大名の意見を無視することはできなかった。将軍の下に管領(→三管・四職)と呼ばれる有力守護大名が、将軍補佐として中央政治を担当した。職制はほぼ鎌倉幕府のものに習う。
地方政治 鎌倉府・・・東国10カ国を統括。長官は鎌倉公方で足利基氏の子孫が世襲 九州探題・・・本拠は博多。今川了俊ののち渋川氏の世襲。 奥州探題
応仁の乱以降、将軍の権威が失墜すると細川氏以外の三管四職も没落し、さらに室町時代中期に至って細川氏の勢力が減退すると室町幕府の諸制度は形骸化していった。
その間、国人と呼ばれる在地支配層が台頭し互いに整理統合されながら、強力な戦国大名が成長し、これが群雄割拠して幕府支配に取って代わった。
歴代将軍は足利将軍一覧を参照のこと。
経済
国人などの新勢力を育てた背景には、生産力の向上と商品経済の発達が上げられる。有力農民の経済力向上は惣と呼ばれる自治組織を成立させ荘園制度は浸食されていった。さらに戦国大名は座・株仲間による商業独占体制を嫌って楽市楽座を奨励し新興商人の育成を図った。
こうした新勢力の伸張は、山城国一揆・加賀一向一揆・堺の自治をもたらしもした。
社会
対外関係
倭寇
日明関係・・・勘合貿易で倭寇と区別 博多、堺、坊津から出航し、寧波で勘合符を照査させる。 足利義持が一時停止するが、足利義教が再開。細川氏と大内氏が実験を巡り衝突(寧波の乱) 日朝関係・・・朝鮮王朝との貿易。足利義満は倭寇を取り締まり朝鮮と交易。 応永の外寇・・・朝鮮船団の対馬襲撃。 三浦の乱・・・三浦に定住する倭人が反乱
琉球貿易・・・中山王尚氏による東アジアでの中継貿易
文化・芸術
室町文化 北町文化は中央集権的で公家文化や中国文化の影響があるのに対し、東山文化は庶民的。応仁の乱を機に地方伝播。 現代に至る日本文化創世の時代でもある(→茶の湯・能楽・書院造)。
食文化では、味噌、醤油、豆腐など日本料理の基本要素が出揃った。醤油を除き、前の時代までに中国から伝わっていた要素で、室町時代の商工業発達によって普及した(醤油の普及は関西では江戸時代初期、江戸では中期)。
美術 連歌・・・宗祇 能狂言・・・世阿弥元清 茶の湯・・・闘茶、村田珠光、 水墨画・・・雪舟、狩野派 建築・・・金閣
学問と思想
五山文学
史書
太平記 神皇正統記 梅松論 増鏡