山田洋次
山田 洋次(やまだ ようじ、1931年9月13日 - )は、日本の映画監督、脚本家。
大阪府豊中市で生まれ、満鉄のエンジニアだった父親の勤務のため満州(現中国東北部)に渡り少年期を過ごした。1954年東京大学法学部卒業後、助監督として松竹に入社。野村芳太郎監督作品の脚本家・助監督をつとめた後、1961年『二階の他人』で監督としてデビューした。
大島渚、篠田正浩、吉田喜重といった気鋭の新人たちが松竹ヌーベルバーグとして活躍していた時代にあって、山田洋次は地味な存在であった。ヌーベルバーグ派が松竹から独立してゆく中、松竹大船調路線の後継者として『下町の太陽』、『馬鹿まるだし』などの作品で、企業内監督の道を歩む。
1969年監督した『男はつらいよ』は、その後27年間に48作が製作される大ヒットシリーズとなり、国民的映画とまで言われた。この間『男はつらいよ』シリーズと平行して、『家族』、『幸福の黄色いハンカチ』、『学校』シリーズなどの作品を発表し、芸術選奨文部大臣賞、毎日芸術賞、菊池寛賞、毎日映画コンクール監督賞、山路ふみ子映画賞、第4回日本映画復興賞など、数多くの賞を受賞した。
2002年に監督した時代劇作品『たそがれ清兵衛』は、日本の映画各賞を独占し、2004年米アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされた。