子路
子路(しろ、紀元前543年 - 紀元前548年)は、姓は仲、名は由、孔門十哲の一人であり。字の子路をもって『論語』にしばしば言及される。季路とも呼ばれる。門下でも武勇を好み、 そのためか性格はいささか軽率なところがある反面、質実剛健たる人物であったようである。『論語』には、正確の軽率さを孔子にとがめられるも、その人物の率直なるを持って愛された姿が記される(「我とともにするは、それ由なるか」)。弟子の中で『論語』に出てくる回数が最も多い。『史記』「孔子世家」によれば、衛の高官となったが、反乱で落命した。子路の遺体が塩漬けにされた(これは長く見せしめとするためである)と聞いた孔子は悲しみにより、家にあったすべての塩漬けを捨てさせたと伝えられる。
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