大阪国際空港
大阪国際空港(おおさかこくさいくうこう)は、兵庫県伊丹市、大阪府池田市・豊中市にある関西圏の主要な国内線の発着する第一種空港である。空港コードはITM。 通称は大阪空港、伊丹空港である。
アクセス
リムジンバス 大阪モノレール 大阪モノレール線 大阪空港駅 阪神高速道路 池田線 大阪空港出口
歴史
大阪国際空港は、かつて旧・日本陸軍の飛行場(1939年にできた大阪第二飛行場)であった。第2次世界大戦での敗戦で、この飛行場は米軍が接収。
返還後の1958年3月に「大阪空港」を開港し、さらに1959年7月には第1種空港として国際路線を開設、「大阪国際空港」に改称された。
高度経済成長期には大阪市の近郊にも都市が拡大し、この空港の周辺も宅地化の波が押し寄せた。同じころ、離着陸数の増加や航空機の大型化・ジェット機化が進み、1970年には3000mのB滑走路が供用開始された。
これらの背景から、次第に騒音問題は深刻化し、夜間の飛行禁止などを求める住民訴訟や、大阪国際空港の廃止などを求める公害等調整委員会に対する調停が始まった。1973年には、伊丹市が「大阪国際空港撤去都市」を宣言。
国を相手取った住民訴訟については、長期裁判の結果、1981年に最高裁で住民側が勝訴、大阪国際空港に「欠陥空港」の評価が下され、国に損害賠償を命じた。夜間の飛行が制限されたこと、騒音緩和のために急上昇しなければならないこと、空港の拡張が不可能なこと、山が背後に迫っており離陸に問題があることなどにより、大型機にとって使いにくい空港となっていた。
一方で既に1960年代後半から大阪国際空港の移転が検討されはじめ、1974年には候補地として播磨灘と神戸沖と泉州沖が選定された。京阪神都市圏との距離から神戸沖が有力視されていたが、当時の神戸市による猛烈な反対を受けた。1980年、泉州沖に新空港(現・関西国際空港)が建設されることになった(ちなみに神戸市は、1982年に一転して神戸空港計画を持ち出した。いわゆる神戸空港問題 )。
当初、新空港の開港にあわせ、大阪国際空港を閉鎖する予定であった。しかし、開港を数年後に控えた1990年12月、関西国際空港開港後も大阪国際空港を国内線に限定して存続させる方針に転換された(運輸省と騒音対策協議会の調印)。
1994年9月4日、関西国際空港(関西空港)が開港。国際線はすべて関西空港へ移り、国内線も、国際線との乗り継ぎの利便性から、その多くが関西空港へ移った。しかしその後、関西空港の着陸料の高さや、京阪神都市圏との距離が関西空港のそれよりも格段に近いことが起因して、徐々に国内路線の発着数が増え戻りつつある。
2000年を前後して、ターミナルビルが大改装された。1969年に供用開始された既存建物をそのまま活用しつつも新築建物並みのサービス提供を実現したことや、屋上のデッキのガーデニングが評価され、2000年12月11日に「第20回大阪都市景観建築賞」の奨励賞を受賞した。