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平賀源内

平賀源内ひらがげんない、享保13年(1728年)- 安永8年12月18日1780年1月24日))は江戸時代日本の本草学者、(医者)、作家、発明家。本名は国倫(くにとも)、号は鳩渓(きゅうけい)・風来山人・福内鬼外(ふくうちきがい)など。通称は源内。

経歴

高松藩志度浦(現在の香川県さぬき市)の身分の低い武家に生まれた。幼少の頃、掛け軸に細工をした「お神酒天神」を作成し、その評判が元で13歳から医師の元で本草学を学ぶ。そのころから俳句などを作りはじめる。後に高松藩の薬園での仕事に付く。25歳頃、長崎へ遊学して1年間本草学とオランダ語医学、油絵などを学ぶ。

1年間の留学の後、江戸に出て本草学者田村元雄(田村藍水)に弟子入りする。

安永7年(1778年)、誤って2人を殺傷して投獄され、翌年獄死した。

業績

鎖国を行っていた当時の日本で、エレキテル(静電気発生機)や油絵など西洋の文化、技術の紹介をしたり、火浣布の開発、平賀焼などの焼き物作成、戯作の開祖、人形浄瑠璃の発表など幅広い分野で活躍した。日本人の歴史の中で数少ない天才、または異才の人と呼ばれる。

「夏バテ防止の為に土用の丑の日を食べる」という風習は、売り上げ不振に悩んだ鰻屋に請われて平賀源内が考案した、との説が有力。この説をもって、源内は日本におけるコピーライターのはしりだとも言われる。

源内の評価

源内の評価は時代によって毀誉褒貶が変化する。概して成長期にはペテン師、何でも屋として評価は悪く、停滞期には天才、日本のダビンチとして評価が高くなる傾向があるようである。源内は日本社会の動向を知るバロメーターとして現在も活躍し続けているとも言える。

平賀源内をモデルとした創作

TV作品では、NHKの『天下御免』というドラマがある。現代を江戸時代に置き換え、平賀源内を案内役として話を進め、風刺的な要素を含んでいた。そのほかにドラマ愛の詩シリーズのズッコケ三人組など。

小説では、久生十蘭の短編集『平賀源内捕物帳』、山本昌代の『源内先生船出祝』、那須正幹による前述TV番組の原作『ズッコケ時間漂流記』など。

漫画作品においてはみなもと太郎の『風雲児たち』田沼時代編にて、蘭学者たちのオピニオン・リーダーの一人として描かれており、自らに対して時代があまりにもついてこない男の苦悩と悲しみが、余すところ無く表現されている。




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