桀 (夏)
桀(けつ)は、夏の17代目の帝であり、夏の最後の帝。名は履癸。帝発の子。一説に、帝皐の子。(史記などにあるように、一般には、帝桀の父は、帝発とされている)竹書紀年によれば、斟尋に都した。
孔甲以来、諸侯は、夏后から、離反しつつあったが、桀は、徳で統治をするのでなく、武力で諸侯や民衆を押さえつけたので、諸侯や民衆に憎まれた。有施氏を討った際に、末喜という美女を捕らえ、自らの妃とした。桀は、末喜に溺れ、政治を省みなくなった。商の湯を呼びつけ、夏台にて牢獄につなげた。湯はゆるされて解放されると徳を修めたので、諸侯がその下に集まり、ついに桀は倒された。桀は、鳴条に逃げたが、「吾悔不遂殺湯於夏台使至此」(湯を夏台で殺さなかったばかりにこんなことにまでなってしまったのが悔しい)と言い放ち、死んだ。一説によると、末喜とともに、南方に逃げて死んだという。
後世、商の紂・周の幽王と並び称される暴君の代名詞となった。
岷山を討った時に、琬・琰という2人の女性を手にいれ、この2人の女性をとても愛したが、子供ができなかったので、苕華の玉に2人の名を刻んだ。 苕には琬の名を、華には琰の名を刻んだのである。
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先代: 発 | 夏 |
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