政党
政党(せいとう)は、任意の人々が集まり、公職者を送りこむことを主な手段として、共通の政治目標を実現しようとする団体である。公職者を送ることを手段とするかどうかによって、様々な圧力団体(利益団体)や市民団体と区別される。
政党の成立
近代政党の起源の一つは、初期の議会にあり、議会運営のための派閥が一時的なものから恒久的な組織に発達した。もう一つの起源は、議会が存在しなかったり選挙権が制限されていた国で、政治体制の改革や革命を企てた政治結社にある。
議員である有力者が議会運営のために作った名望家政党が初期の政党である。普通選挙の採用にともない激増した選挙民との結合が困難になると、議会外に多くの党員を持つ大衆政党が出現した。名望家政党と大衆政党の二つは、上記の政党の二つの起源と重なっている。新しい大衆政党の挑戦を受けて、以前の名望家政党も大衆政党に脱皮した。
現代の政党
現代では、マスメディアの発達によって著名な政治家・政党の意見が直接選挙民に届くようになったため、党組織の役割は低下し、大衆政党もふるわなくなった。人々の関心が国政の長たる首相・大統領とそれら公職への候補個人に集中することで、政党の力はさらに低下したとする観測がある。他にも様々な政党衰退論がある。
だが、政党衰退に導くような現象が社会に浸透して数十年が経過した現在でも、理論的には起きるはずの選挙結果の流動化が起こっていない。先進民主主義国の多数の政党システムは大きな変化なしに推移している。このことを、社会基盤を失った政党が、ただ選挙市場で既得権をもった独占者として生き延びているとして説明するのが、カルテル政党論である。
政党衰退論・カルテル政党論ともに、社会の風潮に即し、現代政党のある一面を言い当ててはいる。しかし、政党全体に及んでいるかを調べると、理論を否定するような結果が出ることが多い。全体的結論として政党を無力とみたり有害無益とみたりするのは、おそらく誤りなのであろう。
政党の法制化と法律上の政党
世論と法律の政党に対する態度は、政党に対する反感、政党の容認、政党の法制化へと移り変わってきた。
政党の法制化への重要な一歩は、20世紀初めに比例代表制の導入で踏み出された。この制度は、政党の存在を立候補の前提としている。
ついで20世紀後半に、政治資金の規制や助成の制度が、政党の内部運営にまで踏み込む法制化をもたらした。法制化には、政党活動の奨励と政党に対する国家干渉の両面がある。制度の先鞭をつけたドイツで、この状態は政党国家モデルとして研究された。政党による国家支配は(たとえば国民の意思より政党の意思が優越するというような意味で)単純に実現しているわけではない。しかし、法制化の恩恵を既成政党に限ることで、新興政党の挑戦を国家の力で妨げる側面はある。
日本では、政治資金規正法と政党助成法が、政治団体のうち、所属する衆議院議員又は参議院議員を5人以上有するもの、あるいは近い国政選挙で2%以上の得票を得たものを政党と定めている。政党助成法は、この定義に適合する政党に助成金を交付する。法定の政党からは、地方政党や小政党が排除される。しかし、小政党・地方政党が法律に従って現実の政党概念や政党分析、政党システム分析から追放されるわけではない。
与党と野党
議院内閣制の下で、議会の多数派として内閣を組織し政権を担当する政党を与党(よとう)、反対に政権を担当していない政党を野党(やとう)と呼ぶ
現在の日本の与党
自民党 公明党
現在の日本の野党
民主党 社会民主党 日本共産党
ミニ政党
1983年度の選挙より全国区に代わって政党名のみを記載して投票する「比例代表選出議員選挙」を取り入れるようになったが、1989年度の選挙では日本新党を筆頭にミニ政党といわれる小規模の政党・政治団体が立候補して話題になった。しかし1995年度の選挙から供託金が引き上げられたのをきっかけにミニ政党の立候補が激減し、2004年度は上記5大政党以外はわずか3つだけ(みどりの会議、女性党、維新政党・新風 いずれも当選なし)となった。
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