智ギ
智顗(ちぎ、Zhi-yi)(538年中国荊州-597年11月24日浙江)
中国、天台宗の開祖であるが、慧文、慧思につぐ第三祖ともされる。天台大師、智者大師ともいう。(顗は山の下に豆を書き、その横に頁)
事績
潁川の陳氏として、草州華容(湖南省華容県)に生まれた。18歳で出家し、天嘉元年(560年)光州大蘇山で慧思に学ぶ。光大2年(568年)以後7年間、南京の瓦官寺で法華経や大智度論を講義。太建7年(575年)以後天台山に上り天台教学を確立した。陳帝やその後継者に信任が厚く、勅により至徳2年(584年)再び金陵に出て、光宅寺で法華文句を講義した。陳末の兵乱を廬山に避け、開皇11年(591年)晋王煬帝の懇請で王に菩薩戒を授け、王から智者の号を賜わる。のち荊州に玉泉寺を開創して法華玄義、法華文句、摩訶止観を講義した。この3書は天台三大部といわれる。ほかに観音玄義、観音義疏、金光明玄義、金光明文句、観経疏の天台五小部がある。
10年ぶりに天台山に帰り国清寺を修復し教団の生活規定を制定した。晋王広の要請で維摩経疏を撰述し、揚州に向かう途中(596年)西門石城寺で入滅。