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二宮尊徳

二宮 尊徳にのみや そんとく1787年 - 1856年)は、日本の江戸時代後期に農村復興運動を指導した篤農家・思想家。通称は、二宮金次郎。諱の「尊徳」は、正確には「たかのり」と訓む。

相模国足柄上郡栢山村(現在の神奈川県小田原市栢山)に生まれる。14歳で父利右衛門が死去、2年後には母よしも亡くなり、尊徳は伯父二宮万兵衛の家に預けられた。伯父の家で農業に励むかたわら、荒地を復興させ、また僅かに残った田畑を小作に出すなどして収入の増加を図り、20歳で生家の再興に成功する。

その才を買われ旗本領の仕法を担当し、立て直しに尽力。功あって下野の国桜町の仕法を任せられる。後に東郷陣屋(栃木県真岡市)にあって天領(真岡代官領)の経営を行い成果を上げる。その方法は尊徳仕法として他の範となる。その後、日光山領の仕法を行う。栃木県今市にて没。

近代国家の中では勤勉の象徴として修身教育に取り上げられる。国定教科書の中に、薪を背負いながら勉学に励む姿があることから全国の尋常小学校、高等小学校に二宮金次郎像が建てられる。そのときの基準となった大きさは、ちょうど1m。当時、日本は尺貫法からメートル法への切り替えを国策として行っており、子供たちに1mの長さを実感させるのに一役買った。戦後、金治郎像は連合国最高司令官(SCAP)の指令により廃棄されるが、現在でも各地に残る。

なお、二宮尊徳をまつる二宮神社が終焉の地、栃木県今市市や仕法の地、栃木県二宮町などにある。

参考文献

• 奈良本辰也『二宮尊徳』(『岩波新書』)、岩波書店、1959年1月(のち、特装版『岩波新書の江戸時代』に収録、1993年7月刊。ISBN 4-00-009123-9) • 守田志郎『二宮尊徳』(『朝日評伝選』2)、朝日新聞社、1975年9月(のち、『朝日選書』に収録、1989年7月刊。ISBN 4-02-259482-9 / のち、農山漁村文化協会発行の『人間選書』247に収録、2003年3月刊。ISBN 4-540-02218-0)


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