欠史八代
欠史八代(けっしはちだい)とは、古事記および日本書紀において、系譜は存在するもののその事績が記されていない第2代綏靖天皇から第9代開化天皇までの8人の天皇のこと、あるいはその時代を指す。 綏靖天皇 安寧天皇 懿徳天皇 孝昭天皇 孝安天皇 孝霊天皇 孝元天皇 開化天皇
これらの天皇の事跡は全く存在しないわけではなく、例えば、神道集には綏靖天皇に食人の趣味があったと記されている。しかし、これらは古事記および日本書紀の成立以後の後付けだとされている。
そもそもこれらの八代の天皇については、中国の革命思想(辛酉革命)に合わせるために天皇家のルーツがかなり古いところにあると思わせるべく、系譜上の天皇を偽作したため生まれたという説が有力である。一方、天皇家(=大和王権の長)以外の豪族の王たちの系譜を引き写して天皇家の先祖に据え、後の大和朝廷の支配を正当化しようとしたものである可能性など、モデルとなった人物自体の存在については諸説ある。
しかしながら、やはりこれらの天皇が実在するという説も少数ながら存在する。神武天皇を初代とし、欠史八代の8人の天皇が続く、9人の王朝を比定する考えである。この王朝は、葛城王朝と呼ばれる。葛城王朝は、大和盆地より出た一族で、九州を含む西日本一帯を支配したが、九州の豪族であった崇神天皇によって、滅ぼされたとこの説は結論している。さらに、この説の変形として、葛城王朝を邪馬台国に比定して、崇神天皇の王朝を狗奴国に比定する説もある。この変形された説では、邪馬台国は、畿内にあったということになる。
また、これらの天皇は、畿内の有力氏族の娘と結婚している。このことについては主に2説がある。 天皇家が、外来政権で基盤が弱かった。そのため、畿内支配のために、畿内の豪族との姻戚関係を結ぶことで、支配を潤滑にしようとしていた歴史的事実を反映している。 古事記、日本書紀の編纂の際に、系譜上の天皇を偽作した。古事記、日本書紀の編纂の時期にあたる天武朝は、畿内の諸氏族の力が強かったために、天皇偽作の際に、それらの氏族と天皇家が古くからかかわりのあるように見せかけたかったからである。