中国の仏教
中国の仏教(ちゅうごくのぶっきょう)
紀元3世紀より、サンスクリット仏典の漢訳が開始された。
紀元4世紀ごろから、名前の伝わる仏師が残る。
一例として、西方から渡来した仏図澄(? - 348年)やおなじく西方渡来の鳩摩羅什(344年 - 413年)など。後者は、多くの漢訳仏典を後世に残している。
紀元5世紀になると、華厳経,法華経,涅槃経などの代表的な大乗仏典が次々と伝来するようになる。
また、曇鸞(476年 - 542年)が浄土宗を開宗した。東アジア独特の開祖仏教はこのときから始まる。
紀元6世紀には、この傾向がさらに進み、 菩提流支(508年 - 535年)による地論宗、 真諦(499年 - 569年)による摂論宗、 達磨(?年 - 528年)による禅宗、 智「豈頁」(538年 - 597年)による天台宗、 吉蔵(549年 - 623年)による三論宗、 杜順(557年 - 640年)による華厳宗というように次々と仏教宗派が生まれた。
紀元7世紀の最も重要な仏師は、
玄奘三蔵(600年 - 664年)である。唐の国禁を破って天竺(インド)へ仏典請来の大旅行を決行した
(630年 - 644年)。彼の請来した仏典は、組織的に漢訳が進められ、後世の東アジアの仏教の基盤となった。
彼の弟子の慈恩大師基(632年 - 682年)は法相宗を開宗した。
この時代、各宗派は、善導(613年 - 681年)は浄土宗を大成し、
慧能(638年 - 713年)は禅宗の地盤を固め第六祖と呼ばれる。
また、法蔵(643年 - 712年)は華厳宗を確立し、
善無畏(637年 - 735年)が密教を伝えた。
紀元8世紀には、 不空(706年 - 774年)、 ついで恵果が密教を大成した。 恵果の密教は、真言密教として日本の空海に伝えられることになる。
紀元9世紀は、 黄檗(?年 - 850年)、臨済(?年 - 867年)、趙州(778年 - 860年)らの禅宗が盛んであった。
中国地域の仏教は、これ以降、禅宗を中心に盛んであったが、 清朝の時代には、王朝がチベット密教に心酔したこともあり、密教もひろまった。
しかし、現代に入り、共産党により中国革命が行われると、仏教は多大な弾圧を受けることとなった。 この傾向は、1960年代の文化大革命には極端な弾圧と破壊が行われ、 とくにチベット地域では、多数の寺院がつぶされ、大量の僧侶が虐殺された。
現在では、中国政府は文化大革命の非を認め、開放政策に方向転換をしている。