仁徳天皇陵
仁徳天皇陵(にんとくてんのうりょう)は、仁徳天皇の陵。 現在宮内庁による定められている陵名は百舌鳥耳原中陵(もずのみみはらのなかのみささぎ)とされ、比定する仁徳天皇陵は、大山古墳(大仙古墳)(だいせんこふん)である。なお、この比定は間違えているというのが定説である。
記紀の記述
古事記には、83歳で崩御したといい、毛受之耳原に陵墓があるとされる。 日本書紀には、仁徳天皇は仁徳天皇87年(399年)正月に崩御し、同年10月に百舌鳥野陵に葬られたとある。
歴史
延喜式(平安時代の法令集)に「百舌鳥耳原中陵」という名前で和泉国大鳥にあり、「兆域東西八町。南北八町。陵戸五烟。」とある。
大山古墳
大山古墳は、日本最大の前方後円墳で、面積は世界最大であるという。エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並び世界三大陵墓の一つに数えられる。大阪府堺市大仙町にあることから、大山古墳、大仙古墳、大仙陵古墳(だいせんりょうこふん)、または単に大仙陵とも呼ばれる。
墳丘の全長486m、前方部の幅305m、後円部の直径245m、周囲2718m、面積464,124m2。三重の濠で囲まれている。あまりに大きい為上空からしか全体像を把握できない。
5世紀中頃に造られたとされている。 仁徳天皇の陵であると伝えられているものの、学問的には被葬者は特定されていない。