浦島太郎
浦島太郎(うらしま たろう)は、日本のおとぎ話の一つで、その主人公の名前でもある。浦島太郎の年齢は24~25才との説もある。
歴史
『風土記』等にある『浦島子』の話が原型である。他に『日本書紀』『万葉集』にも記述が見られる。「浦島太郎」として現在伝わる話の型が定まったのは、室町時代の『御伽草子』による。その後は良く知られた昔話として様々な媒体で流通することになる。 現在、祝い事で「鶴」と「亀」を縁起物としているが「鶴」は浦島太郎、「亀」は「乙姫」(亀姫)で一般に知られているおとぎ話の後に二人が再会し、末永く暮らしたため縁起物にされたとも言われている。
あらすじ
御伽草子の系統による話
浦島太郎は漁師だった。ある日、浦島太郎は子どもたちが亀をいじめているところに出くわした。浦島太郎が亀を助けると、亀はお礼に竜宮城に連れて行ってくれるという。浦島太郎は、亀に跨(またが)り、竜宮城に連れて行ってもらった。竜宮城には乙姫(おとひめ)様がいて、浦島太郎を歓待してくれた。しばらくして浦島太郎は帰りたいと乙姫様に申し出た。乙姫様は引き止めたが、無理だと悟ると、観音菩薩像を渡し、また、玉手箱を「決してあけてはならない」として、渡してくれた。浦島太郎が亀に跨り浜に帰ると、浦島太郎が知っている人は誰もいなかった。おかしいと思いつつ浦島太郎が玉手箱を開けると、中から煙が出てきた。そして、その煙を浴びた浦島太郎は老人になっていた。竜宮城で浦島太郎が過ごした日々は数日だったが、地上では数百年が経っていたのだ。浦島太郎のその後については諸説があって定かではない。
横浜市神奈川区に伝わる話
昔、相模の国三浦に浦島太夫とよばれる人がいた。彼は仕事のため丹後(現在の京都府)に赴任していた。その息子太郎は、亀が浜辺で子ども達に虐められているところに出会う。(全国版と同じなので中略)老人になった太郎はある漁師から両親の墓が武蔵国白幡にあると聞いた。 この情報を聞いた太郎は急いで子安の浜に行った。子安に着いた太郎は、両親の墓を探したが、なかなか見つけられない。それを見かねた乙姫は、松枝に明かりを照らして場所を示した。やっとのことで墓を見つけた太郎はその地に庵をつくり、太郎はそこに住んだ。この寺は後に観福寿寺と呼ばれるようになった。
伝承・祭られている神社仏閣
観福寿寺(神奈川県) 残念ながら明治時代に焼けてしまった。また、乙姫が枝に光を照らした松も大正時代まで残っていた。慶運寺に聖観世音菩薩像が現在も残っている。 片田稲荷(三重県志摩郡志摩町) 付近には竜宮伝説も残る。常世の波の敷浪の帰する地とこの付近は言われており、竜宮との繋がりは深い。