源実朝
源実朝(みなもとのさねとも、建久3年8月9日(1192年9月17日) - 承久元年1月27日(1219年2月13日))は鎌倉幕府の第三代征夷大将軍(在任1203年 - 1219年)である。父は源頼朝、母は北条政子。藤原定家の弟子で、歌人として金槐和歌集を残した。兄頼家の子である公暁に、鶴岡八幡宮の社前で暗殺されたが、これは実朝を除こうとする勢力に、実朝が父のかたきであると吹き込まれたためだとされている。朝廷での最高官位は内大臣だった。
墓所・霊廟
墓は、源義朝邸宅跡に建てられた寿福寺境内に北条政子の墓と供にある石層塔である。鶴岡八幡宮境内の源頼朝を祀る白旗神社に実朝も祀られ、明治になり白旗神社境内に改めて柳営社が建てられ祀られた。
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