中島洋次郎
中島 洋次郎(なかじま ようじろう、1959年7月16日 - 2001年1月6日)は平成期の政治家、群馬県選出衆議院議員。第二次世界大戦前、日本最大の飛行機製作会社となった中島飛行機(現・富士重工業)創業者・中島知久平の孫に当り、文相も勤めた中島源太郎の二男である。慶応大学卒業後、NHKに入局し、さらにオックスフォード大学に留学、NHK衛星放送のキャスターをしていたが、1992年父・源太郎の死去に伴い空席となった旧・群馬2区の補欠選挙に兄に代わって擁立され、衆議院議員に当選した。祖父の代から群馬県を政治地盤とする。
自民党では旧・三塚派に属し、防衛庁政務次官や自民党国防部会長を歴任したが、1998年10月29日東京地検特捜部に政党助成法違反容疑で逮捕され、同年12月28日受託収賄罪などで起訴された。1999年1月罪状を認めた後、議員辞職したが、7月には東京地裁で実刑判決を受けた。その後ショックで精神不安定となり、カウンセリングや投薬治療を受けたものの「抜け殻」状態であったという。2000年9月には東京高裁でも実刑判決を受け、10月には最高裁に上告したが、最終結審前の2001年1月6日東京都内の自宅で首吊り自殺した。