新幹線
新幹線(しんかんせん)は、国鉄が1964年に運行を開始した東海道新幹線に端を発し、現在JRグループが運行する高速鉄道路線ならびにその車両などを指す。その大部分の区間を時速200kmを超える速度で運行するため、在来線にはない色々な技術が用いられている。また、これにより、速度だけでなく乗り心地や安全面で高い水準が確保され、海外においても鉄道の価値を見直すきっかけとなった。新幹線は、海外ではBullet Train(弾丸列車)、もしくはそのままShinkansenの名で広く知られている。また、開業当初はNew Tokaido Line (新東海道線)とも案内された。
新幹線に関する主な技術
路線は、在来線と別ルートで新規に建設した線路設備を用いる。 軌間は標準軌を用いる カーブにおける曲率半径を大きくし、できる限り直線を確保する 人身事故防止のため以下の設計を行う 車との衝突事故を防ぐため、踏切を一切設けない。 通過列車との接触事故を防ぐため、プラットホームに安全柵を設ける。 線路内に一般人が立ち入れないよう高架とする。また、「新幹線鉄道における列車運行の安全を妨げる行為の処罰に関する特例法」で法律面での規制も行なっている。 車両は高速運転の気圧変動による乗り心地の低下を防ぐために、飛行機なみの気密構造となっている 線路上の信号を確認して運転する事は不可能であるので、自動列車制御装置(ATC)を備え、運転室内に車上信号による運行指示が表示される。 新幹線総合指令室列車集中制御装置(CTC)から、すべての列車の運行状況を一括管理している。 交流25000Vで電力を供給する。 東海道新幹線では60Hzに統一して給電している。静岡県の富士川を挟んで50Hzと60Hzの電源周波数区分をまたがっているが、そこまでの距離の長い方を採用した。 東海道新幹線を延長した形で建設された山陽新幹線と九州新幹線は、60Hzを採用している。 東北新幹線、上越新幹線は50Hzを採用。 北陸新幹線は軽井沢駅~佐久平駅間で50/60Hz切り替え。 ミニ新幹線である山形新幹線・秋田新幹線は改軌前より交流電化された区間であったため、そのままの50Hzを採用。
なるべく電動車の比率を多くする。東海道・山陽新幹線の新幹線0系電車や東北・上越新幹線開業時の新幹線200系電車は全車が電動車であった。また、東海道・山陽新幹線で使用されている新幹線500系電車も300km/hの高速運転を行うために全車が電動車となっている。
ミニ新幹線と呼ばれる区間(福島~新庄、盛岡~秋田)は、在来線の線路を改軌改良して乗り入れを行なっているもので正式な新幹線ではなく、最高時速も130km/h程度となっている。
路線
営業線
東海道新幹線 東京駅~新大阪駅間515.4km 山陽新幹線 新大阪駅~博多駅間553.7km 東北新幹線 東京駅~八戸駅間593.1km 秋田新幹線(ミニ新幹線) 盛岡駅~秋田駅間(田沢湖線・奥羽本線) 山形新幹線(ミニ新幹線) 福島駅~新庄駅間(奥羽本線) 上越新幹線 大宮駅~新潟駅間269.5km 北陸新幹線(長野新幹線) 高崎駅~長野駅間117.4km 九州新幹線鹿児島ルート 新八代駅~鹿児島中央駅間127.6km
着工済
東北新幹線 八戸駅~新青森駅間81.2km(2013年開業予定) 北陸新幹線 長野駅~富山駅間162.1km(2013年開業予定)、(石動)~金沢駅間25.0km 九州新幹線鹿児島ルート 博多駅~新八代駅間129.9km(2013年開業予定)
次期着工予定
北海道新幹線 新青森~新函館間 北陸新幹線 富山~(石動)間 九州新幹線長崎ルート 武雄温泉~諫早間
整備計画線
北海道新幹線 新青森駅~札幌駅間360km 北陸新幹線 富山駅~(石動)間35km、金沢駅~大阪市間254km 九州新幹線長崎ルート 博多駅~長崎市間118km
基本計画線
北海道新幹線 札幌市~旭川市間 約130km 北海道南廻り新幹線 長万部町~札幌市間 約180km 羽越新幹線 富山市~青森市間 約560km 奥羽新幹線 福島市~秋田市間 約270km 中央新幹線 東京都~大阪市間 約480km 北陸・中京新幹線 敦賀市~名古屋市間 約50km 山陰新幹線 大阪市~下関市間 約550km 中国横断新幹線岡山市~松江市間 約150km 四国新幹線 大阪市~大分市間 約480km 四国横断新幹線 岡山市~高知市間 約150km 東九州新幹線 福岡市~鹿児島市間 約390km 九州横断新幹線 大分市~熊本市間 約120km
新幹線車両
営業用車両 0系 山陽新幹線(平成11(1999)年9月18日に東海道新幹線から引退) 100系 山陽新幹線(平成15(2003)年9月16日に東海道新幹線から引退) 300系 東海道・山陽新幹線 500系 東海道・山陽新幹線 700系 東海道・山陽新幹線 800系 九州新幹線 N700系 東海道・山陽新幹線(2007年春営業運転開始予定) 200系 東北・上越新幹線 400系 山形新幹線 E1系 東北・上越新幹線 Max E2系 東北・上越・長野新幹線 E3系 秋田・山形新幹線 E4系 東北・上越新幹線 Max 試験・試作車両 1000形(A,B編成新幹線試作車) 951形高速試験電車(0系の次世代高速新幹線開発用車両・1972年2月24日に286km/h達成) 961形新幹線試作電車(全国整備新幹線網対応試作車両・1979年12月7日に319km/h達成) 962形(200系の先行試作車両、開業後、電気・軌道総合試験車に改造) WIN350(500系新幹線試験電車・1992年8月8日に350.4km/h達成) STAR21(952・953形式新幹線試験電車・1993年12月21日に425km/h達成) 300X新幹線試験電車(955形・1996年7月26日に443.0km/h達成) E954系 (最高営業運転速度360km/hを目標とするJR東日本の高速試験電車・2005年夏落成予定) E955系(同上・E954は新幹線専用車両、E955は新在直通車両・2006年春落成予定) 業務用車両 922形(0系ベースの電気・軌道総合試験車、車体が黄色いことから、ドクター・イエローの愛称を持つ) 923型(700系ベースの電気・軌道総合試験車、車体が黄色いことから、ドクター・イエローの愛称を持つ)
新幹線の歴史
新幹線の実現まで
戦前における高速鉄道
日本の鉄道は明治時代の草創期に狭軌を採用したことから、その規格の低さに制約を受け、欧米の鉄道のような高速運転とは無縁であった。最高速度は1910年代から1950年代まで時速100km以下に留まっていた。1910年代には、東京-大阪間に電車による高速新路線「日本電鉄」を敷設する計画が民間から出されたが、国の許可するところとならず実現していない。
日本における現実的な高速列車開発は、日本の勢力下に在った満州(現在の中国東北部)を縦断する南満州鉄道(満鉄)に始まる。同社は日本の資本と技術により運営されており、ほとんどの幹部・技術者が日本人で、実質的に日本の鉄道と言っても誤りではない。
当時の満鉄は電化以前の鉄道で蒸気機関車牽引であったが、1435mmの国際標準軌(日本では広軌と称した)を用いた高規格路線であり、保守的な日本内地の鉄道省とは一線を画した、先進的な試みを早くから行っていた。
1934年、満鉄は自社設計によって当時の欧米の潮流に互した流線型蒸気機関車「パシナ」形を開発、これにやはり新開発した流線型客車列車(全車冷暖房完備)を組み合わせ、大連-新京(現・長春)間701kmに特急「あじあ号」を運転開始した。この列車は最高速度120km/h以上を誇り、最高95km/hに留まる鉄道省の列車を遙かに凌駕した。所要8時間30分、表定速度は82km/hに達した。
とはいえ、当時の欧米の鉄道は更に上を行っていた。たとえばイギリスの London and North Eastern Railway がロンドン-エディンバラ間に運転していた特急列車「フライング・スコッツマン」は、蒸気機関車牽引で最高速度160km/h以上での営業運転を行っていたし、ドイツ国鉄では気動車列車「フリーゲンダー・ハンブルガー」が150km/h以上の高速で営業運転していた。
120km/hは、欧米の主要幹線では当たり前の水準だったのであり、「あじあ号」の水準は「標準軌路線としては一応のレベルに達した」ものでしかなかった(しかし、冷房装置完備は世界の最先端であった)。
1930年代後半に入ると、日中戦争等による輸送需要の激増で、東海道・山陽本線の輸送量も増大した。
このころ鉄道省内部に、「鉄道幹線調査会」が設立され、主要幹線の輸送力強化についての検討が行われた。ここから抜本的な輸送力増強手段として1939年に発案されたのが「弾丸列車計画」であった。
これは、東京から下関まで在来の東海道・山陽本線とは別に、広軌(1435mm標準軌)の新路線を建設し、東京-大阪間を4時間半、東京-下関間を9時間で結び、満鉄「あじあ号」を超える高速運転を計画したものであった。
この計画は翌1940年9月に承認され、建設工事が始められることになった。
既にこの時点で「新幹線」という呼称自体は存在していたという。一部には、対馬海峡に海底トンネルを建設して朝鮮半島へ直通、釜山から奉天(現:瀋陽)を通り満州国の首都新京、又北京に至る、という将来案も描かれていた。
当時の鉄道はまだ機関車が客車を牽く方式が一般的で、「弾丸列車」も電気機関車と蒸気機関車を併用する方式で計画された。
1941年の太平洋戦争勃発後も工事は続けられ、日本坂トンネル(のち新幹線に利用)などの工事が進展したが、最終的には戦況の悪化で頓挫した。しかし、そのルートの相当部分が後の東海道新幹線建設で役立てられた。特に土地買収が戦時中の時点で相当部分終わっていたことは、新幹線建設をスムースにした。
戦後の新幹線計画
太平洋戦争終結後数年間、鉄道をも含めて混乱の極みにあった日本も、1950年の朝鮮戦争以降本格的に復興し、鉄道の輸送需要も急激に伸張していった。1955年に国鉄総裁に就任した十河信二は、国鉄出身の卓越した技術者であるが一時民間に在った島秀雄を再度招聘し、国鉄技師長に就任させた。彼らを中心とする人々が、その後新幹線計画を推進することになる。
地盤が悪く山がちな日本において列車を高速運転するには、機関車が客車を牽く『動力集中方式』よりも、電車・気動車のように編成の各車両に動力を持たせる『動力分散方式』の方が適している。加減速能力に優れ、線路への負担も少なくなるからである。
動力集中式に固執する者の多い国鉄部内では例外的に、戦前からこの特性を理解し、動力分散化を研究してきたのが島秀雄であった。彼は1951年に事情によって国鉄を離れていたが、1950年に開発した東海道線普通列車用の80系電車は、電車が長距離運転にも優れた特性を発揮すると言う事実を実証し、その後国鉄の在来線に、電車・気動車の普及を進める原動力となった。
島の復帰以降、国鉄の動力分散化の流れは更に加速する。1958年、東海道本線の特急「こだま号」用に開発された20系電車(のちの151系電車)は、動力集中方式の客車列車をしのぐ快適な乗り心地を実現し、翌1959年には最高速度163km/hという当時の狭軌鉄道世界記録を達成した。
これがひいては、新幹線車両に電車を用いることへの裏付けとなった。
これに先立ち、戦後復興とともに、鉄道及び道路輸送の需要が増大すると、当時の日本における最重要幹線であった東海道本線の貨客輸送能力は、ほぼ限界に達していた。1956年に東海道本線の全線電化が完成するが、需要の増加には焼け石に水であった。
1957年、国鉄内部の「幹線調査会」は、東海道線の輸送力飽和は早晩必至とし、現在線以外の線路増設が必要であると答申した。実際の手法として様々の案が出されたが、特に有力だったのは以下の案だった。
現在線に沿って線路を増設、複々線とする。
別ルートで広軌新線を建設する。
従来の常道であれば複々線案が採られたところであるが、十河ら国鉄幹部は、将来の発展性を視野に入れ、あえて困難の多い広軌新線を建設することとしたのである。それは戦前の弾丸列車計画を、戦後の技術革新のもと改めて実現しようとする超高速列車計画であった。
当時欧米では、将来の大量輸送手段として航空機と高速道路網による高速輸送が有望視され、日本でもこれを範としようとする向きが一般的であった。在来線とは別規格の高速新線を建設するというプランは、国鉄内部でさえも疑問視する者が多かった。
その状況下で十河と島は 東海道に新たな大規模高速輸送用の鉄道路線(新幹線)を実現すべく政治的活動(十河担当)と、技術的プロジェクト(島らが担当)を続けた。技術的裏付けのもと、1958年に建設計画が承認され、翌1959年4月20日に起工式が行なわれた。総工費は当初予定から修正され、3,800億円にまで膨らんだ。
1961年5月1日、国鉄はこのプロジェクトに対し、世界銀行から8,000万ドル(当時は1ドル=360円の固定相場制)の融資を受けたが、1964年までに完成させるという厳しい条件が付けられた(この融資は1981年に返済が完了した)。
1962年には神奈川県内に鴨宮試験線が完成、ここで2編成の試作電車「1000形」が走行テストを繰り返した。2両編成の「A編成」(1001、1002)と、4両編成の「B編成」(1003~1006)が存在し、台車や車内設備、窓形状などに差異を付けて比較材料としている。
試験中の1963年3月20日、1000形B編成は256km/hの国内速度記録を達成している。
鴨宮試験線での研究は、初代新幹線電車となる0系電車や、線路設備の開発に活かされることになる。
なお、この試験線は東海道新幹線開業に当たってその一部に組み込まれた(新横浜-小田原間の一部)。
またテストに使われた試作電車は、東海道新幹線開業後に改造を受けた。A編成は救援車両941形に、B編成は俗に「ドクターイエロー」と呼ばれる電気軌道総合試験車922-0形となり、それぞれ役立てられることになる。
開業から現在
1964年10月、東京オリンピックの開催に合わせ東海道新幹線が開業。あわせて、専用の0系電車が開発され、営業に投入された。開業当初の営業最高速度は200km/h。翌年路盤の安定を待って210km/h運転を開始した。
新幹線の開通により、日本の二大都市である東京-大阪間は、完全に日帰り可能になった。社会構造にも著しい変化を及ぼすことになった。ビジネスやレジャーの新しい需要を喚起し、当初の12両編成が、1970年の大阪万博の頃には16両編成まで拡大され、高速大量輸送機関としての地位を確立した。
新幹線の成功は、欧米各国にも大きな影響を及ぼした。鉄道については先進国を自負していたフランスは、1970年代には高速列車キャピトールを時速200km/時で運転し新幹線に対抗した。続いて1981年に本格的な超高速列車TGVを開発し、営業最高速度時速260km/hのスピード世界一を達成し、新幹線の記録を越えた。
その後、ドイツやイタリアで高速列車が計画され、実現に移された(ICE、ペンドリーノ)。高速新線の導入を検討していたスペインの高速列車はTGV方式を採用、その他にもフランスからTGVを導入する国が増えている。
最高速度については 2004年2月現在、ドイツが自国開発したICEが最高速度330km/h、フランスのTGVが320km/hにそれぞれ速度向上を計画、またスペインではICEのシステムを採用して時速350km/h運転が可能な規格でAVEの新路線を建設中である。
JR西日本は、500系車両(最高時速300km/h)を導入し、リニアモーターカーを除けば一般営業列車の世界最高速度記録を保持している。
鉄軌道方式以外を含めた現在の運転最高速度の世界一は、仮営業ではあるが2003年にドイツの技術によって開業した、中国 上海の空港アクセス用としてのリニアモーターカーがあり、最高速度は430km/hである。
東海道新幹線は建設が古く、カーブやトンネルなどの設計が時速200km台の設計になっている。より新しい山陽新幹線・東北新幹線などもフランスやドイツなどと比較すると山岳区間が多く、路線の起伏やカーブの規格等において不利であり、沿線に都市が多い立地条件では、騒音問題の解決も必要となるため、時速300km以上の運転には解決すべき課題も多い。
しかし、2004年になってJR東日本では360km/h走行を前提とした試験車両の開発を行うことを表明している。
新幹線の輸出
台湾の台北から高雄まで345kmを建設中の高速鉄道(台湾高速鉄道)は、独仏連合との熾烈な受注競争の末、最終的に逆転した新幹線の技術を導入して建設されている。日本が受注した背景には、技術や安全性もさることながら、台湾は歴史的にも日本に対し好印象であること、地理的にも近くまた貿易関係が強いこと、地震が多いことなど地理的に日本と良く似ていることなどがあげられる。中国本土、北京~上海間1300kmの高速鉄道建設計画(2008年のオリンピックに合わせ開業予定)の受注競争(日本、フランス、ドイツ)もあるが、政財界の一部に推進論者がいるものの、JR各社は総じて消極的な姿勢を隠さない。中国は分割発注する見込みであるが、新幹線は車両、軌道、架線、信号(ATC)、発券システムなどの総合システムであって分割発注には適さない。もし分割発注すると相互のあらゆる接続部でトラブルが発生する可能性が高く、日本側としては安全性を保証できない。また、輸出側は技術の核心部分まで相互に提出しなければならず技術流出は避けられない。中国の分割発注の目的は高速鉄道技術の獲得にあるとされ、その他の路線については獲得した技術を使いほとんど自前で建設すると考えられる。つまり高度な新幹線技術の流出に終わる可能性がある。新幹線技術や人員の大量輸送能力を軍事へ転用され、日本にとっては自分の首を自分で絞める結果になることも心配されている。中国側も鉄道省は新幹線を望んでいると伝えられるが、反日に基づく反対論が無視できない勢力を占めている。
この他、アメリカのカリフォルニア州でロスアンジェルス~サンフランシスコ間にも計画があるが、州の予算や採算性の問題で建設時期はまだ決まっていない。
速度記録の歴史
1964年 - 東海道新幹線開業。軌道の安定を図るため180km/hで運転。 1965年 - 東海道新幹線210km/h運転開始 1972年 - 山陽新幹線開業。210km/h 1981年 - フランスでTGVがパリ~リヨンを開業。260km/h 1982年 - 東北新幹線・上越新幹線開業。210km/h 1983年 - フランスでTGVが270km/hで運転開始 1985年 - 東北新幹線で240km/h運転開始 1986年 - 東海道・山陽新幹線で220km/h運転開始 1988年 - 上越新幹線で240km/h運転開始 1989年 - 山陽新幹線で230km/h運転開始 1989年 - フランスでTGVが大西洋線を開業。300km/h 1990年 - 上越新幹線で275km/h運転開始 1991年 - ドイツでICE-1が開業。280km/h 1992年 - 東海道新幹線で270km/h運転開始 1993年 - 山陽新幹線で270km/h運転開始 1997年 - 東北新幹線で275km/h運転開始 1997年 - 山陽新幹線で300km/h運転開始 1997年 - 長野新幹線開業。260km/h 2002年 - ドイツでICE-3が開業。300km/h 2003年 - 中国上海で空港アクセスリニアモーターカー開業 430km/h 2004年 - 九州新幹線開業。260km/h 2004年 - 韓国で韓国高速鉄道(KTX)が開業。300km/h
運賃
新幹線は並行在来線の別線増設として建設されたという経緯や、運賃計算が繁雑になるのを防ぐ目的で、新幹線の運賃は、並行在来線の営業キロを元に決められる。この場合の並行在来線とは、東海道新幹線では東海道本線、山陽新幹線では東海道本線・山陽本線・鹿児島本線、東北新幹線東京~盛岡間では東北本線、上越新幹線では(東北本線)・高崎線・上越線・信越本線、九州新幹線川内~鹿児島中央間は鹿児島本線となる。ただし、山陽新幹線新下関~小倉~博多間については新幹線(JR西日本)と在来線(JR九州)で運賃が異なる。
並行在来線と接しない駅については、それに最も近い並行在来線の駅を採用する。
山陽本線には、岩国駅以遠から櫛ヶ浜駅以遠まで乗り通す場合は岩徳線経由のキロ数で運賃を計算する特例があるが、山陽新幹線にもこの特例が適用される。
並行在来線のない長野新幹線高崎~軽井沢間、並行在来線が第三セクター鉄道に転換された長野新幹線軽井沢~長野間・東北新幹線盛岡~八戸間・九州新幹線新八代~川内間については、実際のキロ数を営業キロとする。
また、新幹線と並行在来線は原則として同一路線とみなされる。よって、片道乗車券の経路に、新幹線と、それに対応する区間の並行在来線の両方を含むことはできない。ただし、並行在来線と接しない新幹線駅を含む区間(例えば品川~新横浜、新横浜~小田原)については別の路線とすることができる。
例えば、名古屋→(新幹線)→静岡→焼津と乗車する場合、静岡・焼津間が重複となるため1枚の片道乗車券にはできず、名古屋→静岡と静岡→焼津の別々の乗車券が必要である(連続乗車券にすることもできる)。
一方、大阪→新大阪→(新幹線)→名古屋→大垣と乗車する場合は、名古屋・大垣間を重複とせず、全体を1枚の片道乗車券にすることができる。
詳しくは、旅客営業規則第16条の2、第16条の3及び第16条の4を参照。
JRグループ旅客営業規則(JR東日本版。外部リンク)
政治家の影響
政治的に路線がつくられることがあるのは、新幹線も例外ではない。政治家の力が働いた地元では新幹線の駅が多く作られているが、せっかく作った駅周辺が殆ど発展していないケースも散見される。
明治時代から『我田引水』ならぬ『我田引鉄』が政治家の大きな仕事 であった。最悪の例と言える東北の大船渡線では、地元政界の勢力争いによる建設ルート変更が災いし、地図上にクランク型の怪ルートを辿る羽目に陥った。
新幹線の路線や駅の建設もまたその時々の政治家の腕力に左右された。
古くは東海道新幹線開業時、わざわざ田圃の真中に岐阜羽島新駅を建設させた与党の有力者大野伴睦に始まり、総理大臣を務めた田中角栄は、建設緊急度の比較的低かった上越新幹線を、自らの意により東北新幹線とセットで建設させたと言われる。リニアモーターカー実験線が、長大なトンネルを穿って建設されているのは、有力政治家であった金丸信の地元山梨である。
この傾向には批判も多いが、地方住民の多くが新幹線に過度の期待を抱いているという事情もあり、一朝一夕に解決しえない根深い問題である。 新幹線沿線の住民には地方経済の活性化のために新駅建設またはひかりやのぞみの停車駅追加を望む声があるが、ひかりとこだまを比べれば判るように新幹線が高速鉄道であるのは停車駅を少なく絞ったためでもあり、新駅の建設や停車駅の追加は新幹線の持つ高速性という利点をかえって減らしてしまうという矛盾がある。そのため、JR各社は新幹線の新駅建設には消極的である。
新幹線以外の他国の高速鉄道の呼称について
日本では、高速鉄道といえば新幹線であるため、報道などでは、日本国外の高速鉄道についても国名を付けて「○○新幹線」または「○○版新幹線」という呼称が広く用いられている(TGV:フランス新幹線、ICE:ドイツ新幹線、KTX:韓国新幹線など)。
しかし、日本の新幹線は、車両、軌道、架線、信号(ATC)、発券システムなどの総合システムであり、他の高速鉄道システムとは区別される。英語でも、日本の新幹線は Shinkansen と表記されるように、新幹線とは日本の高速鉄道システムの固有の名称とみなすべきものである。
よって新幹線以外の高速鉄道を新幹線と呼ぶことは適切とは言えない。
新幹線という地名
静岡県函南町に新幹線という地名がある。JRおでかけネット - 新幹線窓際探検隊 - “新幹線”という名の町がありました。
関連項目
日本の鉄道 整備新幹線 ユレダス
外部リンク
JR東日本(新幹線) JR西日本(700系) JR西日本(700系ひかりレールスター) JR東海(700系) JR西日本(500系) JR西日本(300系) JR東海(300系) JR西日本(100系グランドひかり) JR東海(100系) JR西日本(0系) JR東海(0系) JR東海(923系ドクターイエロー) JR九州(つばめ) 台湾高速鉄道