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仏教

仏教ぶっきょう)は、約2500年前(紀元前5世紀頃)にガウタマ(ゴータマ)・シッダールタ(釈迦)が現在のインド北部ガンジス川中流域で提唱し、各地に広まり現在も続く世界宗教キリスト教イスラム教と並んで、世界三大宗教のひとつと言われる。仏教とは、仏の教え、であり人間の教えではない。しかし、仏の原語 Buddha(サンスクリット)の意味は、「目覚めた人」であり、唯一神からの啓示をうけた、「神の僕」ではない。個人が、自らに目覚めてゆく過程が重視される。また、大乗仏教においては、自身の涅槃を追求するにとどまらず、苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)への救済に対する誓いを立てること(→発菩提心)が、小乗と大乗を区別する指標として重要視される。

釈迦仏陀(buddha)と尊崇し、その教え()を理解し、禅定(ぜんじょう)などの実践修行によってさとりを得、煩悩をのぞき、から解脱(げだつ)して涅槃の境地に入ることを目標とする。この涅槃の境地に入った存在を仏とよぶ。また、自身はすでに「涅槃の境地へ入る」段階に達していながら、苦の中にある全ての生き物たち(一切衆生)への 慈悲から輪廻の中に留まり、衆生への救済に取り組む存在を菩薩と称する。

また、初期仏教には具体的に崇拝するシンボルは無かったが、紀元前後にガンダーラ(現在のパキスタン北部)で仏像が製作されるようになって以降、現在は如来菩薩・明神・護法神など、さまざまな崇拝対象がある。しかし、仏教の教えに従えば、仏像自体に価値があるわけではないことはもちろんである。

特徴

仏教の教えではもまたという真理の前に、六道輪廻する一切衆生の一種であるに過ぎず、ユダヤ教キリスト教イスラム教ヒンドゥー教のように特別な人格からの託宣に従わなければならないという意味合いでは、いわゆる啓示宗教ではなく、考え方または在り方の側面が強い。また、実践においては、認識論的な手法が用いられ、さとりも現実をどのように認識するかによって得られると考えるべきであろう。

仏教のは、六道輪廻する一切衆生の一部をなし、輪廻という苦の中にある点では、他の衆生と同様、特別な存在ではないのである。このことから、釈迦も仏教の開祖ではあるが、セム・ハム系の「唯一神」のような全能な人格ではないことは言うまでもない。釈迦自身の教えを実践すれば、人は皆平等に涅槃の境地に至れると説く。釈迦が在世中のインドでは、釈迦が生身の仏(本尊)であった。

歴史(仏教の伝播)

釈迦が入滅(仏滅)して後、出家者集団(僧伽、サンガ)は個人個人が聞いた釈迦の言葉(仏典)を集める作業(結集)を行った。仏典は、この時には口誦によって伝承され、後に文字化される。

僧伽は、仏滅後100年ごろ、教義の解釈によって上座部大衆部の二つに大きく分裂(根本分裂)する。時代とともに、この二派はさらに多くの部派に分裂する。この時代の仏教を部派仏教と呼ばれる。

部派仏教の上座部の一部は、スリランカに伝わり、さらに、タイなど東南アジアに伝わり、現在も広く残っている(南伝仏教)。このグループの仏教は、「自己の救いのみを目的とする」として、以前は後述の大乗仏教側から小乗仏教と呼ばれていた。

紀元前後、在家者と釈迦の墓(仏塔、ストゥーパ)の守護者たちの間から、出家することなく在家のままでも仏となる教え(大乗仏教)が起こる。この考え方は急速に広まり、アフガニスタンから中央アジアを経由して、中国日本に伝わっている(北伝仏教)。

大乗は小乗に対比される言葉であるが、これは大乗仏教を標榜する人たちが、僧院中心に活動していた仏教徒たちに対して蔑称として使った言葉である(原語のHiina-yana(ヒーナヤーナ)は「劣った・小さい乗り物」という意味であり、もともと大乗・小乗の区別がインドでは明確ではなかったことが、いろいろな史料から知られている)。

7世紀ごろベンガル地方で、ヒンドゥー教神秘主義の一潮流であるタントラ教( または Tantrism)と深い関係を持った密教が盛んになった。この密教は、様々な土地の習俗や宗教を包含しながら、それらを仏を中心とした世界観の中に統一し、すべてを高度に象徴化して独自の修行体系を完成し、秘密の儀式によって究竟の境地に達することができとなること(即身成仏)ができるとする。密教は、インドからチベットブータンへ、さらに中国・日本にも伝わって、土地の習俗を包含しながら、それぞれの変容を繰り返している。

仏教の教えは、インドにおいては上記のごとく段階を踏んで発展したが、近隣諸国においては、それらの全体をまとめて「仏説」として受け取ることとなった。中国および中国経由で仏教を導入した諸国においては、「教相判択(きょうそうはんじゃく)」により仏の極意の所在を特定の教典に求めて「所依(しょい)」としたり、特定の行(密教など)のみを実践するという方向が指向されたのに対し、チベットでは初期仏教から密教にいたる様々な教えを一つの体系のもとに統合するという方向が指向された。

紀元前5世紀頃…インドで仏教が開かれる(インドの仏教) 
紀元後1世紀…中国に伝わる(中国の仏教
3世紀…セイロン島(スリランカ)に伝わる(スリランカの仏教
4世紀…朝鮮半島に伝わる(韓国の仏教
538年…日本に伝わる(日本の仏教
7世紀前半…チベットに伝わる(チベット仏教
11世紀…ビルマに伝わる(東南アジアの仏教
13世紀…タイに伝わる(東南アジアの仏教

仏教における人間

「にんげん」とは、人の間と書く。仏教の言う人は、簡単に言えば悟りを得た人のことで、人間はその途中の状態にあるとされている。大正大蔵経を創った高楠順次郎博士は「人間は未完成の仏である。仏は完成された人間である。」と表現している。

また、人間誰もが仏心という心を持っており、それを煩悩が取り巻いているために仏心が顔を出すことができないという、本覚(ほんがく)という考え方も天台宗などでは言われる。

関連項目

仏教用語一覧仏教遺跡中沢新一南野やじ

外部リンク

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