信濃の国
『信濃の国』 (しなの の くに) は、浅井洌 (1849-1938) の作詞、北村季晴 (1872-1930) の作曲による歌曲である。1968(昭和43)年5月20日に長野県の県歌に制定された。詞の中では、浅間山、千曲川、諏訪湖、佐久間象山など、長野県のものが褒め称えられている。
県内のほとんどの小・中学校、高校では種々の行事の際に歌うため、この時期を県内で育った県民はほぼ全員が歌うことができる。長野県民の最も愛する歌のひとつ。
歌詞
『信濃の国』作詞 浅井 洌 (あさい きよし)
作曲 北村 季晴 (すえはる)
作曲 北村 季晴 (すえはる)
信濃の国は十州(じっしゅう)に境(さかい)連(つ)らぬる国にして
聳そびゆる山は いや高く 流るる川は いや遠し
松本 伊那 佐久 善光寺 四つの平(たいら)は肥沃の地
海こそなけれ 物さわに 万(よろず)足(た)らわぬ事ぞなき
四方(よも)に聳ゆる山々は 御嶽 乗鞍 駒ヶ岳
浅間は殊(こと)に活火山 いずれも国の鎮めなり
流れ淀まず ゆく水は 北に犀川 千曲川
南に木曽川 天竜川 これまた国の固めなり
木曽の谷には真木(まき)茂り 諏訪の湖(うみ)には魚(うお)多し
民のかせぎも豊かにて 五穀の実らぬ里やある
しかのみならず桑とりて 蚕飼(こが)いの業の打ちひらけ
細きよすがも軽(かろ)からぬ 国の命を繋ぐなり
尋ねまほしき園原(そのはら)や 旅のやどりの寝覚の床
木曽の棧(かけはし) かけし世も 心してゆけ久米路橋(くめじばし)
くる人多き筑摩(つかま)の湯 月の名に立つ姨捨山(おばすてやま)
しるき名所と風雅士(みやびお)が 詩歌(しいか)に詠みてぞ伝えたる
旭将軍義仲も 仁科の五郎信盛(のぶもり)も
春台(しゅんだい)太宰先生も 象山(ぞうざん)佐久間先生も
皆此の国の人にして 文武の誉 たぐいなく
山と聳えて世に仰ぎ 川と流れて名は尽きず
吾妻はやとし 日本武(やまとたけ) 嘆き給(たま)いし碓氷山(うすいやま)
穿つ隧道(トンネル)二十六 夢にもこゆる汽車の道
みち一筋に学びなば 昔の人にや劣るべき
古来山河の秀でたる国は偉人のある習い