日本国有鉄道
日本国有鉄道(にほんこくゆうてつどう)、国鉄(こくてつ)、JNR (Japan National Railway)
日本国有鉄道(略称:国鉄)
日本国有鉄道は1949年(昭和24年)、国の鉄道事業がGHQの施策に基づいて改組され、公共企業体となったものである。
国内輸送の主力を担ってきたが、自動車や航空機による輸送の増加とともに不採算路線が増加、莫大な累積赤字を抱える。経営の改善をはかるため、1987年(昭和62年)4月1日に鉄道事業を株式会社に引き継がせ、国鉄は日本国有鉄道清算事業団に移行した。
国鉄の長期債務のうちおよそ6割は、日本国有鉄道清算事業団が引き継ぎ、用地やJR株式の売却益によって返済を図ることになった。しかし、巨額の債務(二十数兆円)に対する金利負担は重く、債務の縮小は果たせなかった(むしろ増大)。返済不能となった債務の大部分は国の会計に引き継がれ、同事業団は1998年に解散。同事業団の業務の一部は日本鉄道建設公団(現・独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)内に設けられた国鉄清算事業本部が継承している。
広義の「国鉄」
工部省鉄道局が、新橋駅(旧汐留貨物駅)-横浜駅(現桜木町駅)間に日本最初の鉄道を敷設し、蒸気機関車牽引の小型の客車(俗に「マッチ箱」という)を走らせたのが始まり。現在でも旧国鉄線区の鉄道用地境界杭の頭部には、工部省の「工」の字が刻まれている。
この日本最初の鉄道の開業日は1872年(明治5年)10月14日とされているが、これに先立ち6月12日に品川駅-横浜駅間で仮開業している。
その後の運営組織としては、鉄道院・鉄道省・運輸逓信省を経て前述のように、日本国有鉄道となる。
当初は東海道線等の建設を行なったが、政府の黎明期で資金が集まらず、将来直通化が可能な規格を条件に私設鉄道に建設を委ねて、鉄道網を延伸した後に買収した。日本鉄道や山陽鉄道等がそれらの代表である。
第二次大戦中には、軍用の鉄需要に対応するため、レールが撤去される路線も出た(戦後も復旧されず、断絶した路線も多い)。
国有鉄道の組織・名称の変遷
1870年4月19日(明治3年3月19日) 民部大蔵省 鉄道掛 1870年8月6日(明治3年7月10日) 民部省 鉄道掛 1870年12月12日(明治3年閏10月20日) 工部省 鉄道掛 1871年9月28日(明治4年8月14日) 工部省 鉄道寮 1877年1月11日 工部省 鉄道局 1885年12月22日 内閣 鉄道局 1890年9月6日 内務省 鉄道庁 1892年7月21日 逓信省 鉄道庁 1893年11月10日 逓信省 鉄道局 1897年8月18日 逓信省 鉄道作業局 1907年4月1日 逓信省 帝国鉄道庁 1908年12月5日 内閣 鉄道院 1920年5月15日 鉄道省 1943年11月1日 運輸通信省 1945年5月19日 運輸省 1949年6月1日 日本国有鉄道(公社化) 1987年4月1日 分割民営化(→北海道旅客鉄道、東日本旅客鉄道、東海旅客鉄道、西日本旅客鉄道、四国旅客鉄道、九州旅客鉄道、日本貨物鉄道、鉄道通信、鉄道情報システム、新幹線鉄道保有機構、財団法人 鉄道総合技術研究所、日本国有鉄道清算事業団) 1989年5月1日 鉄道通信と日本テレコムが合併 1991年10月1日 新幹線鉄道保有機構解散(保有資産をJR3社に売却) 1998年10月1日 日本国有鉄道清算事業団廃止(日本鉄道建設公団国鉄清算事業本部に引継) 2003年10月1日 日本鉄道建設公団改組(独立行政法人 鉄道建設・運輸施設整備支援機構国鉄清算事業本部に引継)