仁明天皇
仁明天皇(にんみょうてんのう 弘仁元年(810年) - 嘉祥三年(850年)3月21日; 在位 天長十年(833年)2月28日 - 嘉祥三年(850年)3月19日)は、平安時代初期の第54代天皇。名は正良(まさら)親王。
系譜
嵯峨天皇の第二皇子。母は内舎人橘清友の娘、皇后嘉智子(檀林皇后)。贈皇后:沢子(藤原総継の娘) 三男:時康親王(光孝天皇)
略歴
833年2月28日、叔父に当たる淳和天皇の譲りを受けて即位。当初、淳和天皇の皇子恒貞親王を皇太子に立てたが、承和九年(842年)の承和の変により、恒貞は廃せられ、代わりに仁明天皇の第一皇子道康親王が立太子した。これには自らの息子に皇位を継がせたい帝の意思と、それを利用して甥である道康を立太子させた藤原良房の陰謀があったと言われている。嘉祥三年(850年)3月19日に病にかかり、文徳天皇に譲位。同年3月21日に崩御。
異名
御陵の在所を以って深草帝(ふかくさのみかど)と呼ばれた。
在位中の元号
天長 承和 834年 - 847年 嘉祥 848年 - 850年
陵墓・霊廟
深草陵(ふかくさのみささぎ 京都市伏見区深草東伊達町)に葬られた。
関連事項
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